NHK大河ドラマ「平清盛」の放映が8日スタートします。物語の舞台は今から約900年前の平安時代末期。下級貴族の出自から身を興し、平家一門を率いて太政大臣へと権力の頂点に登りつめる主人公・清盛役に挑むのは大河初出演、若手実力派俳優の松山ケンイチさん(26)です。従来の悪人イメージを覆す、時代の転換点を生き抜く、躍動感あふれる清盛を演じます。

今、清盛を生きている

 11月15日、下鴨神社・糺の森(京都市左京区)。木漏れ日差す馬場を清盛に扮する松山さんの駆る馬が一直線に走り抜けます。馬上から的に鏑(かぶら)矢を射る流鏑馬(やぶさめ)の撮影。ともにエリート集団「北面の武士」に所属し、生涯の友となる佐藤義清(後の西行、藤木直人さん)と運命の出会いを果たす場面です。
 昨夏以降、60時間以上の乗馬訓練をこなしてきたという松山さんは、「上級者でも難しい」(制作統括・磯智明プロデューサー)的中を3度成功させました。弓と馬を自在に操れてこそ一人前の武士とされた時代。「自信持って臨みましたが、本番前はさすがに緊張しました。この1年、いろんな訓練やけいこをしながらドラマの世界観に入っていく準備をしてきました。今はっきりと“清盛を生きている”と実感しています」
 「平清盛とはいかなる男だったのか?」。ドラマは、敵方・源頼朝(岡田将生さん)のこの問いかけから始まります。武士の世を切り開く先陣となった清盛の生涯を軸に、壇ノ浦の戦いまで平家の栄枯盛衰を語り部・頼朝の目線で綴ります。清盛が主人公を務める大河ドラマは、1972年の「新・平家物語」(主演・仲代達矢)以来、40年ぶりです。
 2012年大河は、平安時代のゴッドファーザー・平清盛──出演のきっかけは、偶然見たインターネットのニュースでした。人間関係の希薄さや「無縁社会」とも言われる風潮に危機感を感じる中、一族の絆を大切にする清盛像にひかれました。マネージャーを通じて打診したところ、やってきたのは主人公・清盛役。「まさかの主役。びっくりしました」。かつて大河ドラマ(「武田信玄」)で主演を務め、今回共演する養父・忠盛役の中井貴一さんからは、「歴史ある大河の主役。覚悟して挑め」と激励を受けたといいます。
 「おごる平家」の棟梁として、これまで“極悪非道の独裁者”といった印象の強かった清盛ですが、松山さんは、「世のため、民のためになると考えたら、当時の常識やルールにとらわれずに純粋に行動した人。その純粋さや家族への愛が後々怖い部分、権力欲につながっていくのだろうと思う」と読み解きます。

京都の空気感意識したい

 京都では、冒頭の下鴨神社のほか、清盛にゆかりのある三十三間堂、東寺などでもロケを敢行。スタジオ収録にあたっても、「ロケで感じ取った京都の空気感みたいなものを常に意識したい」と話します。実は、平家が本拠を構えた六波羅蜜寺(京都市東山区)のある東山界隈は、以前から松山さんのお気に入りスポット。ドラマの成功祈願で同寺を訪れた際には、「いつも行く近所のコロッケ屋さんが差し入れしてくれてうれしかった」と笑います。
 大河ドラマは今年50年目を迎える節目の年。ドラマのコンセプト「たくましい平安」を体現するように、体当たりで挑みます。「清盛はその出自故に周囲から“災いの種”と言われながらも、持ち前のエネルギーで平家一門を牽引します。常に前を向いて生き抜いていくエネルギーあふれる人物像を伝えていきたい。いいものになる自信はありますよ」(「週刊しんぶん京都民報」2012年1月1日付掲載)

 まつやま・けんいち 1985年、青森県生まれ。2003年「アカルイミライ」で映画デビュー。2006年「デスノート」の“L”役で日本アカデミー賞・優秀助演男優賞を受賞。ほか、「ノルウェイの森」「GANTZ」など出演多数。

歴史と王家に挑んだ革命家

歴史考証を担当─神戸大学名誉教授髙橋昌明さん

 平安時代への見方には、幾つかのステレオタイプがあります。その有力なひとつは、儀式や宴会に明け暮れる貴族の支配する時代、というものです。中央の堕落した宮廷「貴族」の支配を、地方農村から成長してきた質実剛健で健全な「武士」が打ち倒し、武士の政権である鎌倉幕府が出来る、それが歴史の進歩だ──という歴史理解が作られ、それがいまだに日本人の常識になっています。しかし実際は、清盛や父・忠盛、祖父・正盛がそうであったように、源平の武士の棟梁とは、武をもって王家・朝廷に仕える下級貴族であり、対立は「貴族」対「武士」ではなく、「摂関家・上級貴族」対「中・下級貴族」にありました。清盛はこうした対立構造の中で頭角を表していきました。
 『平家物語』は、清盛を“悪逆無道”と評しますが、文学作品の常として、史実に虚構や誇張が複雑に交じり合っています。そこでは、清盛の「悪逆」として、王家・摂関家への打撃的措置や南都焼討などを挙げ、こうした王法・仏法に反した行いが重なったから平家は滅んだ、としています。
結局、平家政権が短期間に崩壊したことを分かりやすく説明するために、当時の支配の枠組みを是とし、それに背いた清盛を裁いたのです。
 清盛は自らの思想や考え方を書いたものに残していません。しかし、私は中国との積極的な交易や福原遷都など、彼が成した、成そうとした事柄は、歴史と王家への果敢な挑戦であり、その思想は一種の革命家のそれだと考えています。
 詳しく分からない点が多いため、平安時代が舞台のドラマづくりは困難を伴います。しかし、主演の松山ケンイチさんと話す機会があって、彼が非常に熱心かつ誠実に役作りに打ちこんでいる印象を受けました。清盛に関係する歴史資料が登場する撮影に当たっては、「現物を見たい」と所蔵する寺院に自ら足を運んだり、慣れた人でも難しい流鏑馬も、繰り返しの乗馬訓練で見事にこなしています。
 ドラマでは、新しい時代を開こうと理想に燃える若き日と、『平家物語』以来の“悪逆非道の清盛入道”という評価につながる最晩年の人格劣化との落差を、うまく描き出せるよう、私も私の立場から積極的な貢献をしたいと願っています。