元外務省国際情報局長・元防衛大学校教授 孫崎うけるさんに聞く
 アメリカや政府・防衛省は、京丹後市への米軍レーダー基地設置計画を強引に推進し、住民・行政に対して「日本をミサイル攻撃から守るために必要」と繰り返し説明しています。同レーダーやミサイル防衛システムの問題点について、外務省国際情報局長、防衛大学校教授などを務めた、孫崎享さんに聞きました。

元米閣僚“役に立たない”

  ―防衛省側は、「北朝鮮からのミサイルを迎撃するためにレーダー配備が必要」としています。本当に日本を守ることができるのですか?

ミサイル防衛イメージXバンドレーダーを開発した米国のレイセオン社による、ミサイル防衛のイメージ図。レーダーと人工衛星がミサイルを捕捉(左図)し、さらにレーダーが追跡し、ミサイルを迎撃する(右図)としています(拡大

 孫崎 レーダーが組み込まれるミサイル防衛システム(MD)で、日本を攻撃する弾道ミサイルを撃ち落とすことは不可能です。弾道ミサイルは、打ち上がると1000キロ以上の上空を飛ぶことが可能ですが、イージス艦によるミサイル迎撃範囲は数百キロ、対地空迎撃ミサイルは数十キロ程度で、物理的に届きません。
 また、ミサイルが日本に落下してきたところを狙っても、猛スピードで落下してきます。大陸弾道弾で秒速7キロ、中距離弾道ミサイルで秒速2キロです。それが東京都心、国会、米軍基地や自衛隊など、どこを狙うのか分かりません。北朝鮮から発射されて数分の間で、超高速で動くミサイルの目標は分からないまま、迎撃するのは物理的に不可能です。「米軍がミサイル迎撃に成功」というニュースを見たことがあるかもしれませんが、これはあらかじめ米軍内で発射時刻や目標を決めた上での成功です。北朝鮮がミサイルを撃つ場所や時刻を事前に教えてくれる訳がありません。
 ペリー元米国防長官(94~97)もミサイル防衛システムは役に立たないと述べていますし、専門家になればなるほど技術的に難しいことを認めています。

平和外交だけが解決

 ―「日本の防衛のための配備」としていますが、迎撃できなければ意味が無いのではないですか?

 孫崎 京都に配備する意味は、私にも良くわかりません。先程述べたように、迎撃は不可能だからです。
 アメリカ防衛のための配備なら十分に意味はあると思います。アメリカに向かうミサイルを京都のレーダーで補足すれば、距離の離れている米国内のどこを狙うのか分析できる可能性が高まります。迎撃が不可能だとしても、置く意味はあるかもしれません。ただ、日本を守ることができるシステムではありません。

 ―北朝鮮からの攻撃を防ぐにはどうしたらいいですか?

 孫崎 平和的な外交を粘り強く続けるしかありません。
 戦後の流れを見ると、冷戦が終結して以降、国家間の紛争は減少し、現在の世界では、国際問題を話し合いで解決するのが当たり前になっています。レーダー配備や防衛力増強は相手国との緊張感を増やすだけで、問題を解決することはできません。国連・国際法にもとづき、平和外交を果たすのが日本の役割です。それが北朝鮮からの攻撃をやめさせる最大の手段です。

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米国従属からの脱却を

 ―アメリカのいいなりで、政府・防衛省はレーダー配備を強行しようとしています。なぜこうしたことが行われるのでしょうか?

 孫崎 日米安保条約、日米地位協定により、日本はアメリカに従属している状況です。アメリカは「望むだけの軍隊を望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利」を戦後の占領統治時に勝ち取り、いまだにその状況が続いています。軍事・外交だけではなく、経済面でもアメリカの要求をのまざるを得ません。自主独立をめざす総理大臣や閣僚もいましたが、すべてアメリカの意向で退陣・失脚させられてきました。
 しかし、現在はアメリカだけに頼る状況ではありません。中国が大国に成長するなど、国際情勢が大きく変化しています。領土問題など周辺国との緊張を対話で解決し、日本は日米同盟を解消し、自主独立の立場で外交すべきです。

共産党の外交政策に共感

 ―日本共産党は日米安保条約を解消し、アメリカとは対等平等の友好条約を結び、憲法9条を生かした平和外交をしていくことを主張しています。

 孫崎 日米同盟をなくして自主独立すること、平和憲法を生かした外交、TPP(環太平洋連携協定)反対など私も日本共産党と近い考えです。ただ領土問題では、尖閣諸島や竹島の領有権を強調するのは反対の立場ですし、領有権の考え方は違います。ただ、平和的に対話で領土問題を解決させていくという姿勢は共通していると思います。
 アメリカに従属したままでいいのか問われる中、日本共産党など、自主独立を訴える勢力が大きくなることを期待しています。(「週刊しんぶん京都民報」2013年5月26日付掲載)

 まごさき・うける 1943年旧満州国生まれ。66年東京大学法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、外務省国際情報局局長、駐イラン大使を歴任。防衛大学校教授(公共政策学科長、人文社会科学群学群長)を経て09年に定年退官。著書に『これから世界はどうなるか―米国衰退と日本』(ちくま新書)『戦後史の正体1945-2012』(創元社)『日米同盟の正体―迷走する安全保障』(講談社現代新書)など。