「半月の晩」

 京都府綾部市の山里で、一人暮らしの生活を送りながら、キャンバスに向かう91歳の画家、上田泰江さん。どこの画壇にも所属せず、納得いくまで、色を塗り重ね、何度もやり直す、孤高を貫くパワーが作品にあふれます。

 「半月の晩」。月夜に浮かぶ木のような、池に映った影にも見えます。にじんで見えるのは風による波紋でしょうか。「森から来た」のは動物のようでもあり、魚のようにも見えます。何か愛らしい表情がほほえましく、優しい印象を与えます。

 上田さんが日本画の顔料などの画材で描いた絵を初めて発表したのは60歳。それまでの30年間は、染色家として日展にも出展する作家でした。ある時、染色作品を見た人から「色がきれいじゃない。こんな作品は売れないでしょう」と言われ、美の基準が自分と違うと感じました。自分の中の美を表現するには、染色よりも絵の方が直接的で向いているかもしれないと考え、絵を書き始めました。

 上田さんは「染色も絵も自分の中では一緒。表現の仕方が違うだけ」と言います。連れ添った夫が76歳で亡くなる時に言ったことは「一人になったら絵をかけ」

でした。生まれ育った綾部で、山や自然の中にいると、絵を描きたい気持ちが高まって来ると言います。月明かりの中で見た木々の影、イノシシが荒らしていった庭、ふとした時に絵が浮かんできて、キャンバスに向かいます。

「森から来た」

 88歳で体調を壊したときは、絵を辞めようと思いました。「でも生きてる。1年したら、また絵が描きたくなってね。体もだんだん元気になって、気力がよみがえってきた」と笑います。「面白いね、人生は。私は絵を描いているときが一番幸せ。生きてる限り、絵を描き続けたい」

 毎年、上田さんの個展を開催している蔵丘洞(ぞうきゅうどう)画廊オーナーの岡眞純(ますみ)さんは、「空気や土の香り、草むらに見つけた小さな虫、近くの池の中をのぞいて見えた景色など、具象が形になって現れる。色や構図は斬新で、新作のたびに驚かされる」と言います。「分かり易(やす)さや流行などとも無縁。あくまで言いたいことや、見せたいことを何枚ものフィルターを重ねて見せる。器用さや小奇麗さを嫌い、毎日自分が描いた絵を眺めて、気持ちの良いものに成ったときに完成する、すごい人だと思います」

 2月5日から19日まで、蔵丘洞画廊(中京区河原町御池西入ル)TEL075・255・2232。午前10時半~午後6時半(会期中無休)。