映画「靖国YASUKUNI」妨害に抗議 京都文化団体連絡協
京都文化団体連絡協議会は22日、「映画『靖国YASUKUNI』」の上映妨害に抗議し、表現の自由を守ることを訴える声明を発表しました。声明全文は次の通りです。
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もの一つ自由に表現できず 伝えられない国に 二度としないために、
私たちは映画「靖国YASUKUNI」への政治圧力、芸術文化支援への政治介入、
上映圧殺を許さない
2008.4.22 京都文連声明
十年の歳月をかけてつくられたドキュメンタリー映画「靖国YASUKUNI」(李纓監督)が、一部政治家や右翼団体の攻撃と妨害にさらされて、上映の行方も危うくなっています。日本映画史上これはかつてなかったことであり、芸術文化表現の自由が二十一世紀の今日この国で侵されたという恥ずべき事件です。
私たち、芸術文化を日ごろ生きる糧としているものは、これを黙って見過ごすわけにはいきません。
政治圧力
事態を引き起こすもととなった週刊新潮の記事、自民党稲田朋美議員、同水落敏栄議員、同有村治子議員らの政治圧力、彼らの「事前検閲」にも等しい「議員試写会」を取りもった文化庁、「反日映画」と決めつけて上映中止をせまった一部右翼勢力に、私たちは怒りをこめて抗議し、その社会的責任を問うものです。
また、観客や周辺住民への迷惑を理由に上映を取りやめた映画館の姿勢を、きわめて残念に思います。とりわけ大手系列の上映館がいち早く中止を決めたことの責任は、周辺への影響を考えても重大です。
表現の自由への侵害と「事前検閲」
生みだされた作品は、公開されてはじめて完結します。ですから、作者が頼みもしないのに、公表前の作品を事前に入手して批判するのは、明らかに表現の自由への侵害です。国会の場を借りてそれが行われるなら、憲法で厳に禁じられている「検閲」にそれは等しく、公的支援への許しがたい政治介入となります。
公的支援への介入
芸術文化は社会的な財産です。ただ、いいもの、大切なものが必ずしも営利に結びつくわけではありません。多くが、つくり手の無償の行為によっています。だからこそ、社会的財産を豊かにするために公的助成がもとめられ、「金を出すが口は出さない」という原則が厳しく問われるのです。
これを許せますか?
火付け役の稲田議員は、上映中止を「意図していなかった」とし、国会質問のために作品の登場人物と連絡をとった有村議員は「事実を確認」しただけと、一点の反省もありません。
幼子が小さな虫の翅肢をもぐようなこの無邪気さは、成人として一社会人として、その資格も疑われます。
有村議員はまた、日本芸術文化振興会の専門委員に「映画人九条の会」会員がいることを問題にしました。国の基である憲法をまもろうとするのを「特定のイデオロギーに立つ活動」と攻撃するのは、思想信条の自由を侵すばかりか、特別公務員の憲法擁護義務を犯す、それこそ「反日」的姿勢ではないでしょうか。
また、上映予定館を直接威圧する一部右翼勢力の街頭宣伝や、電話などを使った匿名のいやがらせなど、人としてあるまじき卑劣な行いも許せません。
事態を主導した「伝統と創造の会」と「靖国平和議連」の議員諸氏はじめ、映画上映圧殺にかかわった人たちは、「恥を知る」という古い伝統日本文化の美風を少しでも学ぶべきでしょう。
力を合わせて表現の自由をまもろう
思想および良心の自由が侵され、表現の自由が失われると、社会は闇となります。
基本的人権が少しでもないがしろにされれば、民主主義はずるずると損なわれることになります。
当たり前の民主主義社会をまもるために、こうした事態を決して許さない社会的環境をつくるために、思想信条の違いを超え、小さな勇気を集めて、力をあわせることを、国民のすべてに呼びかけます。