安倍新体制と真っ正面から対決 「京都まつり」での市田書記局長講演
9月24日、京都市左京区の宝ヶ池公園一帯で開かれた「2006京都まつり」での、日本共産党の市田忠義書記局長の講演(大要)を紹介します。
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9月20日、自民党新総裁に安倍晋三氏が選ばれました。いよいよ26日から臨時国会がはじまります。自民党政治に真正面から立ち向かうたしかな野党として安倍新体制ときっぱりと対決してたたかう決意を表明します。
(歴史認識)
安倍氏は歴史認識を問われて「後世の歴史家が判断することだ」と言いました。いま問われているのは60年前の戦争がどういう性格の戦争であったかということです。その戦争が侵略戦争であったかどうかという問題で、一番大事な問題は、自国の領土拡張や他国の支配をめざしたかどうかということ。アジアの広大な地域を「日本の生存権」だと勝手に決めて資源獲得のために攻め入った日本のアジアにおける戦争はまぎれもない侵略戦争でした。
過去の侵略と植民地支配をおわびした村山談話を認めながら、行動では靖国参拝を繰り返して、靖国史観に政府として公認のお墨付きを与えたのが小泉首相。安倍新総裁は違います。村山談話を「歴史的な談話」と言って、自分の内閣で引き継いでいくとは絶対に言わない。こんな人物が総理になったら、日本外交のゆきづまりの打開はおろか、中国、韓国はじめ世界から強い批判の声が巻き起こらざるを得ません。そのことがわかっていて、彼を総裁に選んだ自民党に日本外交を立て直すことはできません。
志位委員長は韓国を訪問しました。最初の訪問先は西大門(ソデムン)刑務所跡の歴史館。日本の植民地支配に反対してたたかった韓国の独立運動家が、逮捕、投獄、拷問、処刑された場所です。そこに花を捧げ、犠牲になった方々を、戦前の中国侵略・朝鮮への植民地支配に命がけで反対し、朝鮮独立のために連帯してたたかった日本共産党にとって「歴史的同志」ともいうべき人びとと呼びました。韓国の国会議長は、「韓国国民を代表してお礼をいう。韓国国民にとって、慰めとねぎらいを感じた」と応えました。志位さんの講演を聴いた延世大学の女子学生の1人は「日本共産党がある日本、日本国民がうらやましい。韓国に日本共産党のような政党があったらなあ」としみじみと感想をのべました。
日本共産党が大きくなっていっそう日本の政治に重きをおくようになることこそが、アジアの国々との真の友好と強いきずなを一層発展させることにつながります。
(憲法問題)
9月11日、安倍氏は自民党総裁選の公開討論会で、「『憲法を変えてはならない』という考え方は、時代錯誤だ。自分はサンフランシスコ条約がむすばれた以後に生まれたので、それ以前の約束には束縛されない」と言い放ちました。戦後の歩みの全面的な否定であり、驚くべき発言です。サンフランシスコ条約以前の取り決め、日本国憲法も教育基本法も「自分が生まれる前にできたものだから、それを変えてはならないというのは時代錯誤だ」といってはばからないのです。
安倍氏は政権公約の第1に「新しい憲法の制定」をうたいました。政権の目的に「憲法改定」をかかげたのは、自民党結党時の鳩山一郎氏以来、50年ぶりです。
では彼は憲法についてどういう認識をもっているか。彼が書いた『美しい国へ』を読んで驚きました。
第1は、明治憲法を絶対視する異常な立場です。「本当は天皇が統治権を総覧・行使するという明治憲法の基本を引き継ごうとしたが、GHQがそれを許さなかった。やむなくGHQ、連合国の言い分をのんだ」というのが彼の認識です。「主権在民」という認識はひとかかけらもありません。
第2は、侵略戦争への反省がまったくないことです。憲法前文の「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとつとめている国際社会において名誉ある地位をしめたい」。この文言を安倍氏は「連合国へのへりくだりのいじましい文言」だと言いました。この文言は小泉首相がイラク派兵の際に口実につかった個所です。それを安倍氏は「連合国へのわび証文だ」といってはばからなりません。この文言は、国連憲章にうたわれた国際政治への理想、それに積極的に参加し、貢献しようとする日本の決意です。それを根本から否定する立場に立っているのが安倍晋三氏です。
第3は、憲法にたいする恐るべき無知です。「憲法第9条2項に『交戦権の否定』があるためにどんなことになるか」「東京湾に大量破壊兵器をつんだテロリストの工作船がやってきても、向こうから何らかの攻撃がない限り、こちらから武力を行使して相手を排除することができない。だから憲法9条を変える必要がある」とのべています。東京湾は日本の領海。その日本の領海に侵入を企てる不審船があれば、ましてテロ工作船であれば、当然、警察や海上保安庁による警備、警戒の対象となる。必要となれば実力でそれを排除する。「相手からの攻撃がないかぎり、日本の領海であっても憲法があるからいっさい手出しできない」というのは荒唐無稽(こうとうむけい)な話です。「だから憲法を変える必要がある」と結論づける。こういう論法はデマゴギーそのものです。
今日、ここに前衆議院議員の児玉健次さんが書かれた『聞こえますか 命の叫び』というブックレットを持ってきました。児玉さんはそこに立っておられます。1942年に京都大学を卒業して、1944年、インパールで28歳の若さで戦病死した永田和夫(かずお)氏の生涯をえがいたものです。天皇絶対の自由も民主主義もまったくなかった暗黒の時代に、京都大学での非合法の読書活動を力にして、軍国主義・ファシズムとたたかった人です。彼に「『資本論』を読もう」と誘ったのが、先輩の吉村達次、後の京都大学経済学部教授、夫人は日本共産党京都府会議員を務めた吉村久美子さんです。今日、そこのテントのところで、永田和生氏の弟の娘さん、三抄(みさ)さんとお会いしました。三抄さんは、叔父さんに尊敬の念をこめて「わだつみのこえ」というこんな詩を書いていらっしゃいます。一部だが紹介したいと思います。「あなたが果てたその歳に わたしももうすぐとどきます。南の海の戦地から あなたは誰を呼んだでしょう。最後の命ふりしぼり あなたは何を叫んだの。あなたの愛した弟の わたしがわたしが娘です。もだえ聞こえるわだつみの あなたの怒りその思い。わたしは生きて今ここに。あなたの命叫びます」。『青年運動』という雑誌にのった彼女の若い時の詩です。
先の大戦で310万の日本国民、2000万のアジアの人々が命を奪われた。憲法9条にはこうした人びとの「2度と戦争はしてほしくない」という熱い熱い思いが込められています。絶対に変えさせてはならない。相手は「九条の会」など国民の運動の広がりを恐れています。戦前の暗黒の時代から反戦平和を命がけで貫いてきた日本共産党が、地方選挙や国政選挙で1議席でも2議席でも増やすことができれば、こうした草の根の運動が大きく広がることは間違いありません。「憲法9条守れ」の一点で一致するすべての政党、団体、個人が力をあわせて過半数の世論を結集するために、ごいっしょにがんばろうではありませんか。
(教育基本法改悪反対のたたかい)
26日召集の臨時国会での最大の焦点は教育基本法改悪の問題です。通常国会では成立を阻止しました。危機感を感じた文部科学省は、この夏、官製の教員研修、PTAの大会に幹部を派遣しました。一方的に改悪案を宣伝しました。教育基本法を守らねばならない立場の文部科学省の幹部が、攻撃の先頭に立つ。ここにも教育基本法をないがしろにして日本の教育をだめにしてきた自民党政治の姿がありありと示されています。
しかし、そういう策略が成功しているか。東京新聞が8月、「いまとりくむべき教育改革はなにか」というアンケート調査をやりました。「教育基本法を変える」というのは12項目中11番目、わずか17.2%に過ぎませんでした。一昨日、東京地方裁判所は「日の丸・君が代の強制は憲法・教育基本法の違反だ」という画期的判決を下しました。
この問題で民主党の態度はどうか。テレビで映らない教育基本法特別委員会での民主党の発言を聞いていると、「まるで帝国議会のようだ」と傍聴者が叫びました。「国体の護持」ということまで言いだしました。「国体の護持」とは「国を治めるのは天皇。国民はその天皇に絶対的に従う、そういう体制をまもろう」ということ。民主党が自民党よりも右よりの教育基本法改悪の対案をだしたのは、「国体護持の護持のためだ」と平気で国会のなかで語っているのが民主党の姿です。
国民がもっとも切実に願っているのは、競争をあおって、小学校の段階から「あの学校はいい学校、この学校は悪い学校」と差をつけたり、「勉強なんかできなくていいから愛国心さえもっておればいい、お上のいうことならなんでも忠実にしたがう子どもになればいい」、そういうことではけっしてない。子どもが1人ひとり、親からも周りからも大切にされる。そして子ども同士が相手を大切にする立派な市民に成長すること。落ちこぼれや差別をなくしてどの子にも必要な学力をつけさせること。そしてどの子にも安全で必要な環境を整備すること。これこそが多くの国民が望んでいる共通の願いではないでしょうか。教育基本法の改悪をやめさせて、自民党政治がつくりだした教育危機を打開するために、国会の内外で力をあわせてごいっしょにがんばろうではありませんか。
(格差と貧困)
「自民党をぶっ壊した」のではなく、暮らしをぶっ壊したのが小泉政権の5年間です。安倍氏はそれを受け継ぐといっています。格差と貧困という文字が新聞に躍らない日はありません。OECDのいちばん新しい調査で、日本の貧困率は先進国のなかで2番目に高い国になりました。石川啄木は「働けど働けどなおわが暮らし楽にならざり。じっと手を見る」と歌いました。先日、ある新聞の川柳欄に「啄木も私も同じ手をしてる」。大変実感がこもっています。どうしてこんなことになったのか。けっして自然現象ではありません。大企業のあいつぐリストラと小泉内閣が働きかたのルールを変えてしまったからです。年収百数十万円の非正社員が働いている人、3人に1人。若い人や女性の場合には2人に1人。社会保障制度はどうなったか。最後のよりどころである生活保護を拒否されて福岡で男性が餓死しました。これまでなら考えられない事件です。国保世帯が急増しました。しかし、保険料が高すぎて払えないために、保険証をとりあげられて病気になっても医者にかかれない人が続出しています。一番医療を必要とするお年よりには、医療費の窓口負担が2割から3割に引き上げられました。今年の6月~7月にかけて、65歳以上のお年よりの税金と保険料が何倍にも引き上げられました。
所得が減って負担がふえた庶民には増税をやる一方で、バブルのときを上回るような史上最高の大もうけをしている大企業や大金持ちの税金だけは減税につぐ減税。この5年間だけを調べてみたら、庶民には5兆2千億円の増税。大企業と大資産家は2兆9千億円の減税。… トヨタは3年連続1兆円の純利益をあげました。まっとうな仕事をして儲けるなら文句をいわない。しかし働く人を正社員から請負や派遣、違法な偽装請負などに切り替えて、払うべき給料と社会保険料を払わない、そのうえ税金をまけてもらって大もうけ。その結果、大企業には使い道のないお金が八十数兆円もごろごろたまっている。こんなえげつない、ゆがんだ社会にしたのはいったい誰か。ライブドア事件の裁判が始まりました。ホリエモンの罪を裁くのは当然だが、こういう事件の大本をつくり、格差を貧困を拡大した自民党・公明党の小泉政治こそ裁かれなければなりません。
安倍官房長官は「再チャレンジ」ということを盛んにいっている。しかし、国民の暮らしをどん底に追い込んでおいて、なにが「再チャレンジ」か。働き方のルールを見直すのか。大企業・大金持ちの減税を止めて、庶民に減税をするというのか。口が裂けても彼は絶対にそう言えない。なぜなら彼こそ、小泉内閣の官房副長官、官房長官。ゆがんだ政治の中枢にあった責任者だったからです。
(民主党は格差と貧困の是正ができるのか)
大阪9区の補欠選挙の応援にいったら、民主党の幹部が大量に9区に応援にきていました。「格差社会ごめんだという人はこぞって民主党に」と演説をしていた。政治家はうそをついてはいけない。5年前、小泉政権が誕生したとき、最初に党首討論にたったのがいまの民主党幹事長、鳩山氏。小泉首相にむかって「あなたの構造改革を応援する。倒れたら骨をひろってあげるからもっとスピードをあげて一生懸命やれ」とエールの交換までやった。どちらがより大企業の言い分を実現できるか、悪政を競い合っているのが民主党の姿です。その根本には大企業さえ儲かればよいという自民党と民主党に共通する政治の異常な歪みがあります。日本経団連から通信簿をつけてもらって、それにおうじて献金をもらっているのがなによりの証拠です。
今年の政治資金報告をみておどろきました。民主党中央が集めた個人献金は、6月9日に京都会館で演説したときには36万円と言いましたが、新しい資料では2万7000円。どうしてか。企業団体献金と政党助成金にどっぷりとつかっているからです。彼らに自民党の悪政に立ち向かう資格も力もないことは明らかです。
(大企業いいなり政治をただすことを主張しているのは日本共産党だけ)
日本の企業の払う税金と社会保険料はヨーロッパとくらべてむちゃくちゃ安い。フランスの半分、イタリアの6割、ドイツの8割。せめてドイツなみに払うだけで7兆数千億もお金がはいってきます。ヨーロッパなみのあたりまえの社会的責任をはたさせようではありませんか。
永田町のなかでこれを主張しているには日本共産党だけです。悪政を正すことができるのは、企業献金など一円ももらったことのない清潔な国民のみなさんと日本共産党の団結の力です。財政も国民のみなさんに根ざしています。だから相手が財界であれ、政府であれ遠慮することなく堂々と国民の立場にたってものが言える。こういう日本共産党が大きくなることこそ、格差社会をただして国民みんなが安心して暮らせる日本へのもっともたしかな道です。
(2007年選挙の対決構図 自民・公明、民主と日本共産党の対決)
自民党か民主党かのキャンペーンが来年の参議院選挙にむかってますます強まっています。しかし、国政上の重要問題、どの問題をとっても、自民か民主かでなくて、あちらの側に自民・公明、民主がいて、こちらの側に平和、暮らしを守りたいと願っている広範な国民と日本共産党がいる。日本共産党対自民・公明、民主の対抗というのがいまの政治の構図です。
「日本共産党はいいこというが力がない」は本当でしょうか。日本国憲法に恒久平和、主権在民と明記させたのはだれの力でしょう。サービス残業をやめさせて6百数十億円もの未払い賃金を支払わせたのはだれでしょう。全国で少人数学級をなんらかの形で実現させたのはだれでしょう。子どもの医療費の無料化を全国各地で拡大してきたのは住民のみなさんのたたかいと日本共産党のがんばりです。日本共産党には力がないどころか、相手は、日本共産党に力があることを一番よく知っているからこそ、日本共産党に攻撃を集中するのです。
攻撃されているということは相手にとって目の上のたんこぶ。国民にとってはこれほど頼もしい味方はありません。
最後に、どうして日本共産党は少ない国会議員でも政治を動かすことができるのか。それは綱領という正しい羅針盤を持って、異常なアメリカいいなり政治と「ルールなき資本主義」という大企業第1の政治を打破する具体的な方向をはっきりと示しているからです。企業・団体献金や政党助成金を受け取らず、誰にも遠慮がないからです。全国で40万人の党員と2万4000の支部、3400人の地方議員、百数十万の「しんぶん赤旗」読者、288万人の後援会員をもって、全国津々浦々で、どの党よりも深く国民とむすびついている自前の組織をもっている日本でただ一つの政党だからです。
お互いに、汝の価値に目覚めようではありませんか。自民党政治がゆきづまるもとで、政治の流れの変化が起こっています。「このままでは生きていけない」「人間らしい暮らしができない」という声が沸き起っています。従来の自民党の支持層が大きく崩れて、新しい道を模索しています。山梨県の医師会長は、わが党の比例候補、谷川さんとの懇談の席で、「800人いた医師会の中の自民党員は全員離党した」と話しました。そういう話は全国各地で起こっています。流れの変化は地方選挙での日本共産党の健闘ぶりにも現れています。この2年間で定数1の選挙で日本共産党の候補者が11人当選しました。しかも、全部いわゆる田舎での勝利です。今年の全国でたたかわれた地方選挙の日本共産党の得票の合計は、前回総選挙の得票の30%増しです。もちろん、これらは自動的に国政選挙での前進につながるものではありません。風は探すものでなく、自力でおこすもの。ごいっしょに風を起こそうではありませんか。
2007年選挙の真の争点は自民党政治を大本からかえる確かな立場をもった日本共産党がのびるかどうかにかかっています。地方議員候補全員の当選、650万以上の得票と井上さとしさんはじめ5人の議席の絶対確保、そして選挙区では西山とき子さんの後継ぎとして、成宮まり子さんを必ず国会に送り出していただきたい。そのために広く国民のみなさんとの対話と共同をすすめ、どんな情勢のもとでも必ず勝利できる強く大きな党をごいっしょにつくろうではありませんか。「日本の夜明けは京都から」。このことばを胸をはってどうどういえる結果をいっしょにだそうではありませんか。そのことをよびかけて訴えとします。