京都、兵庫、滋賀の自衛隊基地をめぐる 田中三郎レポート(2)
5月31日夕刻は舞鶴市へ。舞鶴自動車道を経て、舞鶴湾を一望する「五老ケ岳」山頂から、美しい湾の風景のなかに、無数に広がる海上自衛隊基地の存在が「軍港として『最適』である」と聞かされ複雑な思いになりました。
舞鶴地元のみなさんの参加を得て、「基地間題交流会」を舞鶴市内で開催しました。各府県から「大阪空港・港湾の軍事使用問題・大阪」「非核神戸方式の力・兵庫県」「自衛艦衝突事件について・舞鶴」「日米合同演習の実態・あいばの平和運動連絡会」の報告と自由討論を行いました。
自衛艦衝突事件については、地元漁師の漁船「長光丸」(15トン)の船長だった長崎忠雄さん(舞鶴市)が、10年前、日米共同演習中の海自舞鶴地方隊所属の掃海艇「えだじま」(440トン)との衝突事故に遭遇した体験を話されました。「目の前に追る大きな黒い壁」に、長光丸は逃げる間もなく衝突し、船首が損傷。浸水をくみ上げるポンプを3台使ってなんとか帰港したこと。「海には道はなくともルールがある。お互いが気をつけなくてはいけない。相手はなかなか責任を認めようとしなかった」ことなど話されました。2月19日に発生した、舞鶴海上自衛隊所属のイージス艦「あたご」の千葉県沖での衝突事件をみるとき、10年前の長崎さんが遭遇した事件を自衛隊は何も反省し教訓にしていないことが明らかになったのではないかと思いました。