家族が揃うお正月

美山のにしん漬け写真:横山智隆

 その名の通り、美しい山々に囲まれた南丹市美山町。茅(かや)葺屋根の民家が山間に点在し、「日本の原風景」のたたずまいが訪れる人をなごませてくれます。
 美山の新年は冷たく澄み切った空気、そして雪化粧した山野のなかで迎えます。都会から里帰りした娘さん、息子さん一家が加わって、急に賑やかになった菅井正雄(75)、梅乃(74)さん宅。家の前には由良川が静かに流れ、庭の紅白の南天が雪景色の中で一層鮮やかです。
 高校生から小学3年生までのお孫さんを含めて12人で囲む菅井家のお正月の祝膳には、おせちのお重と並んでお孫さんの好きなハンバーグもあります。そして伝統的な正月料理「にしん漬け」が大鉢に盛られています。

北前船で運ばれたニシン

 時代は変わっても、この美山に自然を生業(なりわい)とする菅井さん夫婦の1年の暮らしの基本はほとんど変わりません。秋の収穫が終わると、越冬の準備、迎春準備が始まります。
 身欠きにしんと聖護院大根を麹(こうじ)で漬けこんだ「にしん漬け」。正月料理では欠かせない一品であると同時に山里の越冬の保存食として作り続けられてきました。石川県や富山県の代表的な郷土食「かぶらずし」もブリやサバとカブラとの麹漬けですが、美山の「にしん漬け」はその昔、北前船で北海道から若狭へ運ばれ、山越えで京都へ入って来る身欠きにしんと聖護院大根との組み合わせが、いかにも京都ならではです。
 「身欠きにしんも昆布も、親子2代で舞鶴の野原から行商に来る人からたくさんまとめて買います」と梅乃さん。まとめ買いといってもスーパーの大売り出しではなく、「代々の行商さんから」というところに材料の仕入れに対する信頼関係がかい間見えます。

麹から作るまろやかな味噌

 すごいのは梅乃さんのにしん漬けは麹から手作りだということです。麹は、30年前から下吉田の集落で始めた味噌作りにも必要で、現在は平成元年に完成した味噌加工場で、1回90キロの麹を3日間6人がローテーションを組み、仕上げます。加工場には、甘く優しい麹の香りが充満し、幸せな気分にしてくれます。麹作りは秋一番の仕事で、10月から翌年3月まで続きます。平成16年度農山漁村女性チャレンジ活動(農水省)の優秀賞を受賞した下吉田農事組合の味噌作りの大もとにもなっています。麹は、代謝を上げる発酵食品として若い人の間でも人気の食品です。

美山の気候風土が決め手

 麹と味噌作りを並行して進めながら、12月に入ると正月準備にかかります。お正月の食べ頃に合わせ、「にしん漬け」がまず大仕事です。昔は4つ割で厚さ3センチという大ぶりに切った聖護院大根を、ガブリと食べたそうですが、今は食べやすい大きさに切ります。3%の塩で最近はカブラも加えて2、3日漬けこみます。下漬けした大根と数センチに切った身欠きにしん、昆布、たかのつめ、麹(ダイコン・カブラ9キロに対し1キロ)を交互に桶(おけ)に漬け込み、材料の倍の重しをして20日~25日置きます。冷たい美山の気候風土が最後の決め手です。暖冬になると酸味が勝ってきます。
 大根とニシンの味が麹でまったりと馴染み、臭みもない絶妙の味は、素材と塩加減、土地と気候が時間をかけて作りだす郷土食の極致。酒の肴(さかな)としてたまらない一品です。そして梅乃さんはにしん漬けに白菜やユズ、ニンジン、赤カブなども加えて、若い人にも食べられるよう工夫しています。
 にしん漬けと並ぶ菅井家の正月料理には、煮しめやじっくり炊いたぼうだら、身欠きにしんの昆布巻、黒豆、たたきごぼうなどの伝統的なおせちとお雑煮が供されます。お雑煮は、昆布、かつお、いりこの出しに「頭になるように」縁起をかついだ頭芋、共白髪(ともしらが)を願った豆腐、地元産の聖護院カブラとニンジン、丸餅、そして白味噌仕立です。白味噌も手作りで、田舎味噌同様に大豆トラストで作る地元産大豆を中心に、麹を大豆の倍加えて2カ月間仕込みます。10年ほど前から作り始め、菅井家ではお雑煮も白味噌になりました。

変わらぬ原風景と郷土食

 味噌作りは平成元年の味噌加工場完成から新婦人の産直運動を中心に始まり、今は6人で年間9トンを生産しています。地元の小学校や老人ホーム、都市と山村の交流施設などへ味噌作りの講習会にも出かけます。講習で仕込んだ味噌を加工場へ持ち帰って1年寝かせ、翌年出来あがりを味わってもらい、また講習会をするという方法で味噌作りを広めています。
 1年の暦には、地元のお寺の行事として餅搗きや報恩講の花立てなども順繰りに回ってきます。郷土食はレシピだけでなく、素材と作り手、そして地域コミュニティなくしては伝えられません。これからの厳しい時代、日本の原風景もまた、そんなたゆみない人々の日常があってこそ保たれるものなのでしょう。(日本の伝統食を考える会 中筋恵子)
 (注)大豆トラスト 遺伝子組み換え輸入大豆に対抗し、生産者と消費者が提携して安全な国産大豆を作り、食べ支える運動