神戸大学名誉教授 二宮厚美

 アベノミクスの名前でもてはやされている安倍政権の経済政策は、「3つの矢」から成り立つとされる。矢が放たれる標的はデフレ不況である。したがって、アベノミクスとは「3つの矢」でデブレ不況の的を射止めようとする作戦を意味する。
 「3つの矢」は、(1)通貨供給量を増やす金融政策、(2)公共事業を中心にした財政出動、(3)経済成長を促す成長戦略の3つである。これらの矢がデフレ不況の的を射貫き、低迷する日本経済を回復することになれば、一応、アベノミクスは成功したといえるだろう。だが、3つの矢はいずれもデフレ不況の標的を射貫くことはできない。これを3つの矢にそくして、以下に確かめておくことにしよう。

 まず「第1の矢」としての金融緩和策は、「的に届かぬ矢」である。すなわち、内需不振に起因する現代日本のデフレ不況を克服するところに、アベノミクスの矢は達しない。なぜなら、日銀が現在進めている量的金融緩和策は、内需不振の根源をとらえた不況打開策にはならないからである。

 現代日本の内需が不振なのは、そもそも大衆的所得の低落によって国民の消費需要が低迷していることによる。大筋でいうと、「新自由主義的構造改革の進行→貧困・格差社会化の進展→大衆的所得の低下→国民の消費需要の低迷」という流れが、「内需不振→デフレ不況」を呼び起こしてきたのである。このデフレ不況を克服するには、大衆的消費の回復による内需の活性化がまず求められる。だが、アベノミクスが進める「物価上昇率2%を目標にした金融緩和策」は、不況の根源である内需不振を射貫き、打開することはできない。

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 物価上昇率2%達成に向けたいわゆるインフレ・ターゲット策とは、銀行の保有する国債等を日銀が買い取り、市中銀行にたいして通貨供給量を増やしていく政策のことである。たとえば、現在、日銀は101兆円規模の国債等買い取り基金を設定して、銀行の保有する金融資産を買い取り、マネタリーベース(日銀券プラス日銀当座預金)を増やし続けている。だが、これは日本経済全体の内部の通貨供給量(マネーストック)を増やし、内需を活性化することにはつながらない。その主な理由は、日本の現状にそくしていうと、2つある。

 1つは、日本経済内部に必要な通貨供給量は、そもそも日銀の金融政策では決められず、内需を中心にした経済活動全般によって決められることだからである。日銀は銀行の保有する通貨量を操作することはできても、その先、つまり銀行から企業や個人に流れる資金量を操作することはできず、民間市場が必要とする資金は市場取引の水準、すなわち実際の経済活動の水準によって規定されるのである。
 いま1つの理由は、日本経済内部にはすでに過剰資金が滞留していることによる。たとえば、大企業には260兆円以上の内部留保(過剰資金)が蓄えられ、「無借金経営」が広がっている。民間企業部門に過剰資金が存在するときには、いくら金融緩和政策を進めても、通貨供給量は増えないのである。

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 次に、アベノミクスの放つ「第2の矢」は、いわば「的に刺さらぬ矢」である。というのは、公共事業を中心にした財政出動は、公共事業関連の需要を一時的に増やすことにはなっても、家計消費の内需不振にもとづくデフレ不況を根本のところで克服することにはならないからである。確かに、建設国債の発行に依拠した公共事業費のバラマキは、土木・建設部門等にたいする有効需要を高めるから、一時的・部分的とはいえ、景気浮揚の刺激にはなる。その限りで、この「第2の矢」は現代のデフレ不況の的にまでは達するといえなくはない。だが、肝心の国民的消費の拡充にはつながらないから、デフレ不況の標的を射貫くことにはならないのである。

 「第3の矢」はどうか。これは文字どおり「的外れの矢」である。なぜなら、アベノミクスによる成長戦略は、内需の拡充に依拠した経済成長ではなく、これまでの外需依存・投資主導型成長を目ざしたものだからである。
 アベノミクスが成長戦略の基本に据えるのは、規制改革と重点分野の国際競争力強化策との2つである。前者の規制改革が目ざすのは、安倍首相当人の言葉でいうと、「日本を世界で一番企業の活動しやすい国にする」ことである。具体的には、主に医療・介護・保育等の社会保障分野の公的規制を緩め、社会サービス市場で「世界一、企業の活動しやすい国にする」ということである。後者の国際競争力強化策とは、世界市場における大企業の競争力を強化しようとするものである。つまり、外需に依存し、企業の投資に主導された成長戦略を基本にする、これが「第3の矢」である。

 だが、実はこの外需依存・投資主導型成長は「いつか来た道」に舞い戻ること、したがって内需不振をそのままにしてきた過去の成長軌道に立ち戻ることを意味する。問題のデフレ不況を呼び起こしてきた過去の路線に回帰しようとする「第3の矢」は、デフレ不況克服の標的にはほど遠く、文字どおり「的外れの矢」なのである。(「週刊しんぶん京都民報」2013年3月3日付掲載)