弁護士・生活保護問題対策全国会議代表幹事 尾藤廣喜

過去最大幅の生活保護削減

 政府(第2次安倍内閣)は、本年1月29日、2013年(平成25年)度の予算案で、生活保護予算を今後3年間で総額670億円減らす方針を決め、現在、衆議院で審議中です。このうち生活扶助基準の削減幅は、平均6.5%(最大10%)で、96%の世帯に削減が及ぶとのことです。
 1950年(昭和25年)に現行の生活保護法が制定されて以来、生活保護(扶助)基準が引き下げられたのは2003年(平成15年)度に0.9%、2004年(平成16年)度に0.2%の2回だけで、今回の引き下げは、前例を見ない過去最大のものになります。
 また、政府は、それだけでなく、生活保護制度運用の「見直し」という名目で就労指導を強化したり、医療扶助の締め付けを行って、450億円にのぼる保護費の削減を行おうとしています。
 このため、「今でもギリギリの生活をしているのに、暮らしていけない」という高齢者。「障がいを持った子どもをデイサービスに預けられなくなる。私たちの生活を壊さないで」という母子家庭の母親。「パワハラでうつ病になり、働けない。生活保護で支えられやっと精神的な安定が得られているのに、『働け、働け』と就労指導が強化されると、かえって働くことへの恐怖心が増してくる」という若者など、生活保護利用者や利用を考えている人たちからの悲鳴や不安の声が連日私たちに寄せられています。

「アベノミクス」の本質は

 第2次安倍内閣が、一方において20兆円規模の緊急経済対策を打ち出し、さらに「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という3つの政策をもとに、2%のインフレ、円安の推進などを目標とするいわゆる「アベノミクス」を掲げていることと、生活保護基準の引き下げによって生活保護利用者をはじめとする低所得者層に対して負担増(実質的な増税)を強いることとは、あたかも政策上一見矛盾しているように見えるかも知れません。しかし、その本質を見ますと、低所得者層に対する負担増や社会保障給付の削減こそが、「アベノミクス」の手段であり、狙いでもあるのです。
 つまり、「大胆な金融政策」や「機動的な財政政策」を採るためには、社会保障など低所得者への給付を少なくし、消費税増税などで負担を強化することによって、公共投資の拡大や大企業に対する優遇税制、投資を導き出すための余裕を生み出す必要があるからです。また、非正規労働の拡大と解雇の一層の自由化、さらには、最低賃金の額の据え置きあるいは引き下げは、安あがりの労働力を自由に使いこなすことができる状態を増幅させて、大企業の「コスト」の大幅な引き下げに役立つことになります。
 そして、このような政策の推進のためには、国による最低限度の生活保障である「生活保護基準」の引き下げ=ナショナル・ミニマムの後退は真っ先に実現しなければならないことになるのです。

生活保護費増加の理由は

 政府は、生活扶助基準の削減の理由について、生活保護制度を利用する人が213万人(2012年9月現在)と制度発足以来最多となっていること、この間低所得世帯の消費額が少なくなっていること、物価も下がっていることなどの理由を挙げています。しかし、利用者が最多となっているのは、貧困が深刻化しているためで、低所得者の消費額が少なくなっていることを合わせて考えますと、むしろ年金や賃金水準を引き上げることこそ必要です。また、物価が下がっているといいますが、贅ぜい沢たく品は下がっていても生活必需品などはかえって上がっているのが実態です。

「生存権」保障の意味

 もともと「生活保護」制度は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」を国が保障するという規定に基づくもので、突然の病気や障がいなどによって働けなくなったり、高齢のためわずかの年金では生活できなくなったり、解雇によって働く場を奪われ収入がなくなった場合などに、国の責任によって最低生活を保障する制度です。ですから、この基準が減らされるということは、この国が保障する生活水準がそれだけ引き下げられるということになります。
 それだけでなく、生活扶助基準は、働く人たちの最低賃金の額との「整合性を配慮する」ことになっており、基準が引き下げられれば、最低賃金の額も低い額で良いことになります。また、就学援助の基準も、生活扶助基準に一定の倍率を掛けて決定するので、基準が引き下げられれば、就学援助の基準も厳しくなります。その他にも生活扶助基準は、住民税の非課税基準、国民健康保険の保険料や窓口負担の減免、介護保険料の軽減基準、保育料徴収基準など多くの負担や料金の基準になっているため、この基準が下がればこれらの負担は当然に大きくなります。
 しかも、今回の減額は、「子どもを持った世帯」により大きな減額幅になることが予定されており、今大きな問題とされている「子どもの貧困」の克服という点からしても、その影響は重大です。
 生活保護制度は決して制度利用者のためだけの制度ではなく、私たちの制度です。私たちは、「アベノミクス」の本質をしっかりととらえて、お互いに連帯して運動を広め、まず生活扶助基準の引き下げを撤回させましょう。(「週刊しんぶん京都民報」2013年4月7日付掲載)