被災地の声を発信する新聞として努力したい 河北新報の編集委員講演・伏見
「2013もっと広がれ支援の輪!from伏見」が5日、伏見区の京都市呉竹文化センターで開かれ、100人余が参加しました。主催は伏見地区労に加盟する25の労働組合、新婦人伏見支部や伏見民商などでつくる東北支援実行委員会。同実行委員会の取り組みは5回目。被災3県の物産販売がメーンで、収益はすべて被災地に贈呈されています。同時にコンサートや講演など多彩な企画にも取り組み、徐々に地域にも知られてきました。同実行委員会の板東利博委員長が「安倍首相は、汚染水は完全にブロックし、原発も完全にコントロールしていると言い放ちましたがとんでもない。根本的な対策と復興に国力をあげて取り組むべきです」と訴えました。
宮城県を中心に東北6県をエリアとする新聞社「河北新報」の寺島英弥編集委員が「震災から3年目 東北から伝えたいこと」と題して講演しました。寺島氏は、大震災以降、被災地の地元紙としてどのような姿勢で報道してきたか、そして今被災地はどうなっているのかを現場取材を基にした新聞記事の切り抜きをDVDで投影しながら講演。「ばらばらになった被災者、跡継ぎの若者達は敬遠し、高齢者が残って将来展望も見い出せず、手つかずのまま荒廃し、雑草だけが茂る広大な農地が至る所にある」と紹介。荒廃した我が家に一時帰宅した高齢者は「もやはここは家でない」とつぶやく姿、牛や豚などが被爆しているため焼却処分という指示のもとで、手塩にかけて育てた牛たちを殺せず、骨と皮の姿になって生きる牛たちの群れなどを報告。「5年間帰れず」と町議会が可決した福島浪江町、現在の宮城県大川小学校の「浪江町の小中学生は今だに36都道府県699校に分散し、今年の小学校の入学者はゼロ」の記事が大きく投影されました。
一方、塩害農家の再起の努力、高台へ集団移転で地域集落の再構築を相談する住民、原発事故で離れた町を見つめようと活動する子どもたちの元気な姿なども報告もされました。寺島氏は「大量の汚染水を海に流出したことで風評被害払拭が振り出しになり、漁の試験操業が延期された」と云います。そして、「壁を乗り越えて遠くへ、被災地の声を発信する新聞として努力していきたい」と訴え、参加者の胸に改めて深い感銘を与えました。
福島・宮城・岩手の現地から取り寄せたゴマ、カボチャ、クルミ、リンゴの花林糖、各種の蒲鉾、サバ、サンマ、イカ、ホタテ、海苔などの加工品、喜多方ラーメン、牛タンなどの物産はまたたく間に完売しました。
ミニコンサートは、地元京都教育大のゴスペルサークルのリズミカルで楽しい合唱と長岡京の金管五重奏団の演奏で講演で緊張した気持ちを一時の音楽鑑賞でこころ和ませました。また会場ではパネルコーナーが設営され、地元三県で発行されているさまざまなミニコミ誌・地方紙やフリーペーパーなど絆を強める広報祇なども展示され、でっかい大漁旗や震災前・震災直後と震災後の写真展なども展示されました。
実行委員会の香川裕一事務局長は「こんなに大勢の方に来ていただいて驚いています。それだけに、東北を気遣い関心をもっておられる方が多いのだということ。今後もまた継続して取り組んでいきたいと改めて思います」と述べました。(仲野良典)