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■憲法の平和主義守ろう
 平壌の近くで生まれ、終戦時は8歳でした。終戦直後に、一家5人は有刺鉄線に囲まれた収容所に隔離されました。収容所では旧ソ連兵に銃を突き付けられ金品を奪われました。若い女性は丸刈りにし、床下に隠れました。「生きて内地に戻りたい」と一家で収容所を脱出し、野宿しながら38度線を越え、山口県の仙崎港に引き揚げました。戦後は郵便局員となり、定年まで40年以上勤めました。

 戦争だけは二度と繰り返してはいけないと強く思います。戦争体験者が高齢化し、記憶が風化しつつあるなか、
若い世代に語り継がなければいけないと体験を語る会を昨年から始め、今年は8月6日に京都市内で開きます。

 表立って政治的な発言をするのは初めてですが、安保法や改憲問題など戦争への道を歩むのではないかという危機感があります。憲法の前文と9条の平和主義は絶対変えてはいけません。参院選では、「平和を守れ」という市民の声を受けて共闘する野党に頑張ってほしいと思います。