国連で「子どもの権利に関する条約」が採択されて31年、日本が批准して26年になります。京都市で、同条約を具体的に施策に生かし、子どもの権利を保障するための大人や自治体の役割を明記する「子どもの権利条例」を制定しようと、「子どもの今と未来を考えるネットワーク―京都市に子どもの権利条例を―」(京都子どもネット)が条例案を作り、広く意見を聞く運動を進めています。条例作りにかかわる住友剛・京都精華大学教授京都教育センターの本田久美子事務局長京都市児童館職員の藤井美保さん京都市立小学校PTA会長を務める映像作家の丹下紘希さんに、子どもをめぐる現状や条例案の内容などについて語り合っていただきました。

グレタさん発言こそ権利条約 声上げて変える経験が大事■本田さん

 本田 「京都子どもネット」で京都市に「子どもの権利条例」を制定しようと運動をはじめて3年になります。これまで保健師や保育士、保護者、教員、研究者、弁護士、児童館職員など、子どもとかかわる人たちに呼び掛け、5回のシンポジウムを開いてきました。子どもたちにもアンケートを行い、子どもの声も聞きました。昨年11月には、「京都市子どもの権利条例」要綱の概要を提案し、さらに多くの人たちに意見を聞いて、練り上げていきたいと思っています。

権利に触れない「はぐくみ憲章」

 住友 京都市には「京都はぐくみ憲章」(2007年制定)があり、大人のあるべき姿や業務は示していますが、子どもの権利についてはほとんど触れられていません。市の政策のバージョンアップをはかるためには、総合的な権利条例が必要だと思っています。

 本田 そうなんです。その「憲章」の「推進に関する条例」がありますが、子ども自身の相談窓口や救済の仕組みもなく、計画策定も盛り込まれていません。

 住友 子どもは単に守られるだけではなく、自らの考えや願いを持っている存在です。その声を積極的に外に向かって発信し、それを受け止めるような内容にすべきです。

 本田 ですから、本来の権利条約に基づいて、市内の学校や教育行政なども含めて、行政運営の方向性を決めていく条例制定がどうしても必要なんです。

 丹下 京都市内の小学校でPTA会長をしています。「3・11」を体験して、世の中を変えるために、自分の半径1㌔範囲の人たちから変えていこうと思いました。まずは、子どもの教育や施策について、おかしいと思うことは発言し、少しでも大人の意識を変えていけたらと考えています。

 本田 大事なことですね。

感情支配するユルフワ標語

 丹下 その「はぐくみ憲章」ですが、毎月のPTAの会議で「京都はぐくみ憲章」の6つの行動理念を参加者で読み上げるんです。憲章の1番目はいいんです。「子どもの存在を尊重し、かけがえのない命を守ります」ですから。ただ、その次に続くのは「子どもから信頼され、模範となる行動に努めます」「子どもが安らぎ育つ、家庭の生活習慣と家族の絆(きずな)を大切にします」など、理想の家族像や〝ユルフワ〟な標語で、感情を支配させるというか、何だか気持ちが悪い。

 本田 内容が伴っていないですよ。

守られるだけの存在でなく 「おかしい」と意見言える■住友さん

 住友 私たちが考えている「子どもの権利条例」では、子どもたちが「何かおかしいな」と思った時、京都市に意見を言う「意見表明権」を盛り込んでいます。例えば「子ども議会」や「子ども会議」のような場を作って、意見や声を出してもらう。あるいは、子どもの権利条約に含まれている「遊びの権利」は、条例では子どもたちが遊べるように学校外の活動施設の児童館や学童保育の役割を重視するとしています。

 本田 今、京都市内で問題になっている小学校跡地でのホテル建設や学校統廃合で、子どもたちの意見は聞いていませんね。子どもたちに聞いたら、「勝手に大人が決めないで」「僕らの遊び場にして」という声が聞こえてきそうです。

 住友 そうですね。大事なことだと思いますよ。

 本田 気候変動問題で世界的に活動しているデンマークのグレタ・トゥンベリさんは、大人たちの無策で、地球温暖化が進み、自分たちの未来が奪われてしまうと国連などで発言しています。まさに子どもの権利条約に基づいてますね。子どもたちが学校や身近なところから意見を言い、変わらなくても諦めずに何回も発言する。その中で変わることがあるという経験を積む事が大事ですね。政治や行政に声を上げれば、変えられるという事が分かれば、諦めずに行動できますよね。

 住友 私の娘は中学3年ですが、グレタさんみたいになりたいと言ってます。全国で総合的な「子どもの権利条例」は48自治体で作られていますが、私たちの作った案で特徴的なのは、京都の自然、歴史環境の保全という文言を入れたことです。地域文化を享受する権利です。「休息や余暇」も大事な権利です。勉強しすぎ、活動しすぎで疲れた子どもたちがゆっくり休んだり、長期不登校の子どもたちも回復のペースをゆっくりと見守ることを京都市が認めていくことも出て来るでしょうね。

「宿題減らして」が一番多かった

 藤井 児童館に勤めて4年になります。子どもたちの宿題はめちゃくちゃ多いです。小学1年生で、計算問題と文章問題、漢字ドリル、絵日記。これは大変ですよ。子どもはできなくてイライラになります。児童館で気持ちを切り替えられずに家に帰ると、今度はお母さんがイライラして怒る。宿題はもっと減らしてほしい。

 本田 その通りですよ。「子どもネット」で集めた子どもの声の中で、一番多かったのが「宿題を減らして」という声でした。

 藤井 私は、子どもの権利条約ができた年に生まれました。大学院で、子どもの権利条約について学びました。国連から日本に対し過去4回の「勧告」が出されています。共通するのは、「過度に競争的な教育をやめるべき」ということ。そして、子どもの意見表明ができていないということ。そういうことがずっと続いてきて、90年代からは、貧困問題が加わっています。友達との遊び方も分からない、そんな子どもたちが多くなってきています。

 住友 なるほど、子どもの権利条約の発効から30年ですから、その年に生まれた人は、既に保護者になっている人もいるでしょうね。子どもの権利を知らされないまま、大人になっている人もいるということ。子どもを大事にしたかかわり方が分からない大人も多いでしょう。

 藤井 私の世代は、20代で過度な競争的な教育と貧困が重なり、親子関係や教師とのかかわりでつまづく人が多かった世代なんです。友人の中には、家庭が崩壊していたり、離婚した母親が心配で離れられない人もいます。人が社会で生きていく上で基軸になる信頼関係をうまく作れない。だから社会に出ても頼れる人がいなくて、余計にしんどくなる。若い子はメンタルが弱いといわれますが、いやいや、そうしてきたのは教育と社会の責任でしょう。政治や社会が私たちをばらばらにしてきた。自己責任にしないでと言いたい。

競争的教育と貧困重なる 「自己責任」にしないで■藤井さん

 本田 厳しい指摘ですが、その通りですね。

 住友 先日、神戸の小学校6年生の児童が、家にいられなくなって児童相談所に助けを求めに行ったら、断られて、警察に保護されるという事件がありました。児童相談所で宿直をしていたのは、民間団体の高齢者でした。そもそも、受け入れるかどうかの判断はできない立場でしょう。

安全網の役割を果たせなくなる

 本田 そうですよね。京都市は京都市立病院の院内保育所を民間委託し、介護保険認定給付業務の嘱託職員を130人も削り、人材派遣会社へ丸投げする計画です。こんな調子で外部委託化していくとどうなるでしょう。子どもを守るセーフティーネットが今こそ必要なのに、自治体が子どもの命さえ守れなくなってしまいます。

 丹下 子どもの命を守ることは最優先にすべきだと思っています。12月の人権月間で、PTAでも啓発活動が各地域で取り組まれます。30分程度、校長先生から話があって、10分くらいの質疑があり、そのあと形骸化した街頭での啓発のティッシュ配りで終わりです。「人権とは何か」ということには触れません。教育委員会から配られたプリントは「麻薬絶対ダメ」と訴えるのがメーンで、それを人権と捉えているのかと思うと残念でした。

 住友 なるほど。危ないことから子どもを守ろうという、基本的にそこだけなんですよ。守るのは大人の責任、その大人も地域の大人や保護者で、その頑張っている人を役所は少しだけ支えますよ、「はぐくみ憲章」はそういう組み立てですね。

 丹下 その場で教育委員会の方に「子どもの権利条約を知っていますか? どうして基本の人権について学ばないのでしょうか? 世界人権宣言の1条だけでも読み上げるほうがいいし、憲法97条だけでも読み、知るべきだと思います」と直訴しました。「はぐくみ憲章」の存在が大きすぎて「子どもの権利条約」も学べなくなっているのかもしれません。

 本田 その通りですね。

 丹下 子どもは管理するもので、権利の主体とは考えられていないのでしょう。いじめ問題が起きると、いじめをなくすために、ルールを守らせようとする。ルールを守らないことが悪いことだと考えられ、守れない子どもはいじめられる可能性が高まる。つまり、はみ出す子どもの方に問題がある。こういう考え方は違うと思うんです。あくまで権利の主体は子ども。ところが日本はそれが基本になっていないです。

権利の主体は子ども、条例実現で命大事にする政治へ■丹下さん

 藤井 そうですね。何か問題が起こると、保護者や教員、保育士、そういう人の責任が重くなる。権利条約にある子どもが権利の主体というとらえ方じゃないから、ずれがかなりありますね。

 本田 4年前に京都市長選挙に立候補したとき、「子どもの権利条約」の精神を行政に生かしたいと「子ども未来局」の創設を打ち出しました。選挙後、京都市は「子ども若者はぐくみ局」を作ったんですが、やっていることは、局の再編と人減らしです。市営保育所を民営化し、働いていた保育士に福祉関係の仕事をさせたり、専門職以外の仕事をさせているそうです。

 藤井 子どもの虐待も増えているので、その「はぐくみ室」の保健師さんが超多忙で、児童館の講演会にも年1回来てもらえるかどうかです。

 本田 大変ですよね。公立が支えるレベルが下がると、今まで受けていた人が受けられなくなります。そこへ新たに苦しくなった人たちが増えれば、少なくなった公立の支援へ殺到してしまいます。

 住友 どうやって歯止めをかけるか。京都市の行政として最低限、これだけはやらねばならないという枠組みがいると思います。その枠組みをはめるために、自治体としての子ども施策はこうあるべきだと原則を決めて、それに沿ったプランを立て、実行に移し、うまくいっているかどうか、子どもに聞いて点検し、修正しながら進めていく。それが子どもの権利条例です。

行政区ごとにシンポ開催も

 本田 早く実現させたいですね。4月からは各行政区で、「子どもの権利条例」の学習会やシンポジウムを開き、広く意見を募りたいと考えています。

 藤井 いいですね。

 丹下 2月の京都市長選挙では、子どもの給食や医療費などが大きな争点となりましたね。福山和人さんが訴えた、教師の数を増やすことや有機野菜を使った全員制の中学校給食、子どもの医療費無料化の拡充はとても魅力的です。京都市で子どもの権利条例が実現すれば、命を大事にする政治に一歩でも近づくと思います。

「京都子どもネット」のパンフレット

■全国48自治体で制定 大人の役割、具体的施策を規定

 「子どもの権利に関する条約」とは、世界中のすべての子どもたちが持つ権利を守るために、国連が1989年11月に採択。日本は94年に批准しました。同条約では、子どもは大人と同様に、一人の人間として、正当に扱われる権利があることを、生きる権利、育つ権利、社会から守られる権利、積極的に参加する権利など、54カ条でうたっています。

 「子どもの権利条約」が保障する子どもの権利を、より具体的に分かりやすく定めるとともに、それを保障するための大人の役割や自治体の取り組みなどを定めたものが、子どもの権利条例。「子どもの権利条約総合研究所」(東京都)の調査(2019年4月)では、総合的な子どもの権利条例を定めている自治体は48で、府内では八幡市が16年9月、亀岡市が19年4月から施行しています。子どもの権利条例に基づく相談・救済機関を設置している自治体は、39自治体。

 内閣府調査(12年)で府内では、京都府が07年に「子育て支援条例」、京都市が11年に「子どもを共に育む京都市民憲章の実践の推進に関する条例」(京都はぐくみ条例)を制定しています。両条例とも、子どもに対して保障される具体的な権利規定はありません。府は関係する審議会や委員会の設置がなく、京都市は相談・救済・擁護の仕組み、計画策定が盛り込まれていません。