入管の実態捉えたドキュメンタリー『牛久』トーマス・アッシュ監督に聞く/「ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなる前に解決しなければいけなかった」「投票でこの国の政治を変えて」
昨年3月、名古屋出入国在留管理局の施設でスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が、健康状態の悪化が認められたにも関わらず放置され死亡させられるなど、日本の非人道的な入管(在留管理)制度に国際的に批判が高まっています。こうした入管施設の一つ、茨城県牛久市の東日本入国管理センターに収容されている人々を取材したドキュメンタリー映画『牛久(うしく)』が、大阪で上映中(神戸でも近日公開)です。この作品を手がけた米国出身のドキュメンタリー映像作家トーマス・アッシュ監督に、制作の動機、日本の入管制度の問題点などについて聞きました。
―撮影の動機は
もともと、入管施設に収容されている人々の撮影は映画をつくろうとして始めたわけではありません。私が通っているキリスト教の教会では、牛久(=東日本入国管理センター)と品川(=東京出入国在留管理局)に収容されている人々に面会活動をしていて、友だちに誘われて私もボランティアとして行くことにしました。面会するなかで、病気が悪化しても病院に行かせてもらえない、信頼できる医師に診察してもらえない、うつ病になって自殺未遂する人など、の話を聞き、施設内では大変なことが起きていることが分かってきました。
何かがあったときに、なかったことにされないよう、裁判になったときにも対応できるよう記録しておくべきだという強い使命感を感じました。さらに、現状を多くの人々に伝える必要があると考えるようになりました。
―施設内の面会時はカメラでの撮影や録音が禁止され、メモをとることしか許されていないため、隠し撮りをせざるを得なかったのですね
人が死ぬかもしれないと思い、万一の場合、証拠を残さなければいけないと思いました。隠し撮りせざるを得なかったのです。
また、収容されている人にも意見を表明する自由があるはずです。メディアにも取材をする自由があるのはもちろんのことです。ところが、取材目的というと担当官が面会室に立ち会うわけです。そんな状況で自由に話ができると思いますか。なぜ、自由に話す権利が守られないのか、取材の自由が守られないのか、撮影がだめなのか、入管は何を隠そうとしているのでしょうか。入管の撮影禁止というルールも考えるべきだと思います。
―どんなことが明らかになってきたのでしょうか
映画を見てもらえればわかるのですが、収容されている人が、担当官に制圧されたり、体調や精神状態が悪化しているのに、病院に行かせてもらえないなどの事実を次々と証言してくれました。映画には収めませんでしたが、面会した人から入管が、日本人の妻に離婚するように勧めたという話も聞きました。
どうしてこんなひどいことが出来るのだろうかと思いました。外国人を人間と見ていないのではと思いました。
昨年3月には名古屋の入管でスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなりました。この15年間で、入管内で亡くなった人はウィシュマさんで17人目です。ボランティアは、いつか亡くなる人が出るのではないかと不安に思っていましたが、現実となってしまいました。
彼女が亡くなって入管の問題が新聞、国会で取り上げられましたが、彼女が亡くなる前に、解決しなければならなかったと思います。
―日本政府は国連から勧告を受けているにも関わらず一向に事態を改善しようとしませんね
日本は、難民条約を批准し、難民の受け入れを約束しているわけですから、迫害から逃れてきた人々を受け入れるのは当然のことです。日本語教育や就業プログラムの充実をはかる必要があります。医療や介護の場など、労働力が不足している職場はたくさんあるわけですから、難民を受け入れ、働けるようにすることは、日本の国のためにもなるはずです。
ところが、日本政府は、問題はないと考えていると思います。なぜそう思うのか私も分からないです。けれど、映画を観た方々の多くがこの現状について「初めて知った」「日本人として恥ずかしい」「なにかできることはないか」と発言されます。どんなに小さな事でも構いません。知ったことを周りの人に伝えたり、勉強会・ボランティアに参加したり、寄付したりしてもらえれば、と思います。
また、とても大切な事として投票することがあります。政治が悪いと言っても政治家を選ぶのは日本国民です。なので、投票することは大事なことです。
日本の現状を伝えるために、この映画を作りました。ゆっくりと当事者の声を聞いてみてください。
トーマス・アッシュ監督 1975年生まれ。アメリカ出身。イギリスブリストル大学大学院で映像・テレビ製作学の修士号を取得。初となる長編ドキュメンタリー『the ballad of vicki and jake』(06 年)が、スイスドキュメンタリー映画祭でグランプリを受賞。2000年より日本に拠点を移して以来、原発事故後の福島で、子どもたちの甲状腺検査や生活にスポットライトを当てた『A2-B-C』はじめ、『グレーゾーンの中』(12 年)などの作品を制作。今回の『牛久』では、ドイツ 2021 ニッポン・コネクション「ニッポン・ドックス賞(観客賞)」、韓国 2021 DMZ 国際ドキュメンタリー映画祭アジア部門「アジアの視点(最優秀賞)」、オランダ 2021 カメラジャパン「観客賞」を受賞。
■作品紹介■
ドキュメンタリー映画『牛久』(2021年、87分)
「日本でこんなに苦しむんだったら母国で死んだほうがましだったかも」と絶望する人、母国で軍隊と反政府勢力との撃ち合いに巻き込まれ、弟は射殺され、家を焼かれたと話す人、LGBTであることから迫害を受けた人―など。難民として認められず『牛久』に長期に収容された9人が面会室のアクリル板越しに訴える肉声を紹介しています。
入管での睡眠薬処方により体調不良となった収容者が多くの入管職員によって乱暴に制圧される映像や、長期収容で肉体や精神がむしばまれていく様子、自殺未遂を起こしたとの証言が映し出され、複数の職員により暴力的に行われる強制送還や収容所に連れ戻される様子をスクリーンショットが捉えます。連れ戻された収容者は足の爪がはがれ、 血だらけになったといいます。
戦前の治安維持法下を思わせる衝撃の実像は、”共生社会”の実現をうたう、民主主義国家日本の知らざれる現実です。
公式HP=https://www.ushikufilm.com/
第七藝術劇場(大阪市)で上映中。元町映画館(神戸市)で近日公開
■解 説■
東日本入国管理センター 入管庁は、在留資格のない人や在留資格更新を認めず国外退去を命じた外国人を〝不法滞在者〟として、行政権限により全国の入管施設に収容しています。現在、名古屋をはじめとする出入国在留管理局8カ所に加え空港などの支局7カ所。こうした地方施設から強制退去が決まった外国人を受け入れ、送還するまでの間、収容する入国者収容施設が牛久市内にある東日本入国管理センター(いわゆる「牛久」)、および長崎にある大村入国管理センターです。「牛久」は1993年、横浜入国者収容所の移転をもって開設された700人収容可能な施設。常時約300人が収容されてきましたが、コロナによる仮放免適用にて、現在は20人以下の収容状況となっています。
日本の難民政策 日本には1970年代後半インドシナ難民の漂着が相次ぎ、これをきっかけに、81年、日本政府は難民条約を批准しました。そもそも難民条約は、東西冷戦の中で、東欧諸国から西側諸国に逃れる「政治難民」の保護のために51年に策定された国際条約でした。そのため冷戦終結後、各地で内乱が勃発し、大量の難民が発生するようになると、難民の定義を改める必要性に迫られました。そもそも迫害から逃れてくる難民が、その証拠を持って逃げることは現実的に不可能であり、UNHCR(国連難民高等難民弁務官事務所)は難民の現状に叶った国際保護の手引書「難民認定ハンドブック」や指針(ガイドライン)を策定。各国はこのガイドラインに沿って認定するスタンスをとっています。しかし、ガイドラインは法的拘束力をもつものではないため、日本政府は、遵守する必要はないとして、新たな定義を適用せず、難民条約を厳守しています。その結果、難民認定率は極端に低く(2020年1.2%)2018年国連人権差別国際撤廃委員会から「難民認定率が非常に低いこと」「入管への無期限収容」「収容期間の上限を導入すべき」との勧告を受けており、日本の難民認定基準、手続き基準についての見直しが迫られています。