気づかないうちに文字が消えてしまうという事は経験したことがないだろうか?
壁や古いノートなら問題はないが…
文字を使って仕事をする所ならどうだろう…そう、例えば…新聞社など…
〈某記者の手帳〉
2008年7月1日 22時15分
2008年7月1日深夜、私の新聞社である事件が起こった。
それは原稿やパソコンから「京」と「民」という字だけが全て消えてしまうというものだった。
消えた文字、盗まれた文字、…抜け落ちた文字??
そういえば、前に見たことがある…
某辞書に書かれた文字に関する文章の一部。
文字―――字。もんじ。「目に―がない」(無学だ)。文章。(字と言葉を区別せずに)言葉。――――文字化け…文字が化けたおばけ。
おばけ?
とにかくなんでもいい。一刻も早く文字をとりかえすこと。
2008年7月2日2時
あれから4時間―ひっかき回した後の社内はまるで台風でも通ったかのようだ。消えた文字の居場所を探すために、先ほどに至ってはトイレを覗き込む。おばけなんていないと思いながら、やはりおばけなんているのではなかろうかと思い始めた自分に驚く始末。
気持ち悪い汗がぬるりと全身を包み、悪い夢でも見ているようだ。いやいっそ夢であればこんな嬉しいことはない…むしろ本当に夢なのでは…そう思いながらも、ため息まじりにイスに腰掛けてみた。
ふと。
いよいよ錯覚まで起こし始めたのだろうか、私は私の机に山のように積み上げられた本の上に、見たこともないようなそれを見た。
体長10cmほどかと思われるそれは、ひょろりとした黒い四本の手足に、のっぺりとした白い顔をのせ、これは寝ているのだろう、小さな目を閉じ、真っ赤な鼻の頭からぷあぷあと、鼻ちょうちんをふかしている。
あれ。よく見ると、体の構造はともかく、その全体像は「民」の字に、その顔には「京」の字がうまい具合に上下さかさまになっておさまっている。
おばけ、おばけ…
これが世に言う文字化けなのか?
なるほど、汗もひいてきた。
これが世に言う文字化けなのか。
あれだけ人を騒がせておいて何の悪びれも感じさせない寝顔。これなら誰だって怒りをとおり越してあきれてしまうだろう。
とりあえず私が原稿にその文字化けを押し込むと、思ったとおり、元通り原稿とパソコンにも文字が戻ってきた。
おそろしく長い夜、もうごめん。
私は、あの人騒がせな文字化けに「きょーみん」と名づけてやった。