京都 町家の草木

小鬼百合

小鬼百合
コオニユリ【ユリ科ユリ属】
 7月の庭に咲く花の色は朱。草木の葉の色は淡い黄緑から青みのある深い緑へと、いつしか移っていく。下草は、雨をたっぷりと吸い込んだ土から、あれよあれよという間にうっそうと茂り、梅雨時の重い空気を淀ませて時を止めているかのよう。そして、こんな日は山鳩のくぐもった柔らかい鳴き声が庭に響いている。
 どんよりとした庭の草の間からは、1本の茎が空をはすかいに、頼りなげに伸びて。いずれ、その先には小鬼百合が咲き、あるか無きかの風にも頭を小さく頷かせる。
 黒い斑点と、反っくり返った花びら。花の中から細くしなやかに伸びて空に消え入りそうな細い蘂(しべ)の先には、たっぷりと花粉を付けた葯(やく)がぶら下がっている。この雄しべがゆらゆら揺れるたび、手提灯がぶらぶら上下するように葯が振られるのだ。その反動で深く黒みを帯びた紅色の花粉が空に放たれ、あわよくば、その1つでも雌しべに落ちれば儲けもん。雌しべも準備万端、その時を待ち受けている。あまりにもすべてが巧妙に仕組まれた有機的形状と仕様。自然を受動するために、植物が能動的に獲得した生きる術のしたたかさ。
 この花の咲いたのを庭に認めると、花の命の必然を考えないではいられなくなる。
2009年7月 3日 13:00 |コメント0
絵:杉本歌子 プロフィール
1967年2月13日、京都生まれ。京都芸術短期大学美学美術史卒。現在、京都市指定有形文化財となっている生家の維持保存のため、財団法人奈良屋記念杉本家保存会の学芸員・古文書調査研究主任に従事。植物を中心にした日本画を描いている。画号「歌羊(かよう)」。

受け継いだ京の暮らし 杦庵の「萬覚帳」

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