京都 町家の草木

犬の子(えのころ)草

えのころ草
エノコログサ【イネ科エノコログサ属】
 犬の子草は、穂が子犬の尾に似ているところから付けられた。関東の方言では、穂で子猫をじゃらすところから猫じゃらしと言うらしい。
 幼い頃、庭の犬の子草の穂を手のひらに軽く握ってよく遊んだ。
 「ちょっと、見とおみや」母がみせてくれた手品。手の力を弱めたり強めたりすると穂が手から這い出てくる。まるで動物のように自ら動いているような錯覚があって面白かった。何遍も、何遍も、飽きずに穂を握って遊んだ遠い日のことを思い出す。
 今年も庭の秋草に混じって犬の子草の穂があちこちで揺れている。一本穂先を抜いて遊んでみる。もぞもぞ、こそばい。
 八月は真夏のイメージであるけれど、夕暮れは早くなりだしている。旧暦に従うと今は初秋。そろそろ虫の音も聞こえ出す。
 西日が差し込む頃も、暮れてからも、庭に仰向けに寝転がって空を眺め、草の陰のかすかな音に耳を傾けるのは心地よい。ここに、こうして生きている、ただそのことを感じている時間。
 地面を忙しく這う蟻。やっと地面から這い出てきた蝉の幼虫のぎこちない歩み。草陰に潜む虫の立てる乾いた音。空に六字名号を書いているかのごとく飛ぶ赤蜻蛉。空の高いところに動く小さな黒い点々は、ねぐらに帰る椋鳥の群れ。そして、いつしか蝙蝠の影さえ闇に溶けてゆく。
 どこからともなく山の匂いも降りてくる頃、魂は帰る場所を求め始めている。
2009年8月14日 12:00 |コメント0
絵:杉本歌子 プロフィール
1967年2月13日、京都生まれ。京都芸術短期大学美学美術史卒。現在、京都市指定有形文化財となっている生家の維持保存のため、財団法人奈良屋記念杉本家保存会の学芸員・古文書調査研究主任に従事。植物を中心にした日本画を描いている。画号「歌羊(かよう)」。

受け継いだ京の暮らし 杦庵の「萬覚帳」

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