京都 町家の草木

無患子

ムクロジ
ムクロジ【ムクロジ科ムクロジ属】 裏庭のいちばん北端にそびえる無患子。秋に黄色く色づく葉は木枯らしに舞い、四条通りにまで散り広がる。高さ25メートルを超える大木は、42年前に父が御所から小さな実生の苗を持ち帰って植えた。この年、初めてフランスに研究留学へと旅立つ父の心には思うところがあったらしい。一年後に無事帰京した頃、無患子もまたこの地に根を下ろして成長していた。3番目の末娘も1歳となっていた。
 いまや両腕で抱えても指の触れあわない太い幹は灰色で、どことなく象の肌を思わせる手触り。頼もしい。
 冴えた月夜に冬枯れの木の下に立つ。その枝影に私は小鳥のように留まる。月は枝の間をゆっくりと散歩して。
 あるとき、男性がひとり訪ねてこられた。手には散った無患子の葉を一枚。
「これは、お宅の庭に生えている無患子の葉ではないですか」そう、問うてこられた。
「いかにも、これはウチのです」
 散り広がる落ち葉は近隣の門掃きの手を忙しくしているのを日頃から気に病んでいたから、てっきりそうした用向きで来られたのかと内心うろたえた。
 しかし、その人は「この無患子の実をわけていただけませんか」と、どことなく高揚を隠しきれない様子。聞くと、羽根突きを守りたい一心で羽の先に付ける無患子の黒い実を集めているのだという。四条を歩いていたらふと足下に無患子の葉が散っているのを認め、この近くに木の生えている家があるはずと探し当てて来られたことがわかった。そんなことならおやすい御用。こちらも毎年大量に採れる実の扱いに困っていた。
 それから数年、実は羽の先となって乾いた音を響かせた。
 この熱心に羽根突きを守ってこられた方が亡くなった後、無患子の実はお数珠に姿をかえて祈りの手元に掛けられることとなった。
2009年12月 4日 14:57 |コメント3
絵:杉本歌子 プロフィール
1967年2月13日、京都生まれ。京都芸術短期大学美学美術史卒。現在、京都市指定有形文化財となっている生家の維持保存のため、財団法人奈良屋記念杉本家保存会の学芸員・古文書調査研究主任に従事。植物を中心にした日本画を描いている。画号「歌羊(かよう)」。

受け継いだ京の暮らし 杦庵の「萬覚帳」

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コメント

こんばんは。先日、母と深大寺に行きました。本堂の右手に、ムクロジの木がありました。葉が黄色に紅葉し、とてもきれいでした。見上げるほどの大きな木。先月いただいてきたお数珠と同じなんだ・・・と思い、嬉しくなってしまいました。歌子さんの「京都町家の草木」に出合わなかったら、関心がなかったと思います。有難うございます。

歌子様
ムクロジのお話、いいですね。
葉っぱを一枚持って訪ねてこられた男性。素晴らしい出会いです。
植物ってこんな素晴らしい出会いももたらしてくれるんですね。
両腕で抱えきれないほど大きくなったのですね。いいな。

葉っぱの冴え冴えとした色合い、実の、そして殻の質感、本当に気持ちの良い絵です。いつも思っていますが歌羊という字も好きですよ。まるで羊さんがそこにいるようなまろやかな字です。
真貴子

この夏ご縁があってお庭の無患子でつくられたお数珠をいただきました。
普段使っているお数珠はいくつかありますが、黒くつややかな粒と美しい糸の色に惹かれ、悩み多き日々をすごす主人のお守りにと、求めたものでございました。
触れるとしっとりとした冷たさの中に、なぜか心がふんわりと緩められていくような気持ちの良さ。
長い年月お家を見守り続けてきた人智を超えた大きな力のようなものをいただけた気がして大切にさせていただいております。

先日TVクイズ番組で、お恥ずかしいことに、「ムクロジは漢字で「患いが無い」と書くと初めて知りました。
道理で羽子板の羽にも使われるはずですね。
今頃こちらを読ませていただき、また大きく納得いたしました。

来年はお庭のムクロジサンにゆっくりお目にかかれるご縁がありますように。そして私のためのお数珠にも。

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