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水仙

水仙
スイセン【ヒガンバナ科スイセン属】  シュロの根元に水仙の球根を植えてから3年。この場所に初めて一輪咲いた去年の初春。水仙の球根は文鳥の藁(わら)巣に10個ほど入れて地中に埋めたものだった。これは飼っていた手乗りの白文鳥チーコの忘れ形見。あれはお正月2日の朝。水を換えようと扉を開けた父の手元から飛び出した白いチーコの姿が庭を横切った。「あっ」と叫ぶ父の声を聞いた途端、私には何が起こったか察しがついた。すぐ後、飼っていた黒猫が白い獲物をくわえ揚々と帰ってきて目の前にぽとりと落として見せたのは私のチーコだった。まだ温かいチーコを両手にくるんでぽとりぽとりと落とした涙の粒は後から後から地面に吸い込まれていった。
 祖母は手乗り文鳥が好きだった。ある日小学校から戻るとひな鳥用の籐籠(かご)に灰色の小さな幼鳥が羽を膨(ふく)らましているのが目に入った。そっと蓋(ふた)をあけて指で触れようとするとうずくまっていたひな鳥はたちまち思いがけないほどの大きな口を開いて首をのばしてきた。驚いて指を背中にまわすほど引っ込めた。それが手乗り文鳥との出会いだった。
 祖母は、お湯でふやかした粟(あわ)をヒナに与えるために竹べらの先を細く削り、さも使い勝手の良さそうなヘラを手作りして面倒をみていた。いつしか文鳥は祖母の茶飲み友達となり、孫の遊び相手となり、命の交代を教えてくれたりした。
 あれから何羽のチーコに巡り会っただろう。歌うのが上手なチーコ、ダンスが上手だったチーコ、卵をいくつも産んだチーコ、怒りっぽいチーコ、野鳥と仲良しになったチーコ、籠の外の自由を得たチーコ、さまざま。
 私の心の小鳥たちよ。
 水仙の香りが思い出の小箱を開いてしまう。
2010年1月 8日 12:30 |コメント1
絵:杉本歌子 プロフィール
1967年2月13日、京都生まれ。京都芸術短期大学美学美術史卒。現在、京都市指定有形文化財となっている生家の維持保存のため、財団法人奈良屋記念杉本家保存会の学芸員・古文書調査研究主任に従事。植物を中心にした日本画を描いている。画号「歌羊(かよう)」。

受け継いだ京の暮らし 杦庵の「萬覚帳」

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コメント

ひとつの花にも色々な忘れがたい思い出がおありなのですね。水仙はとても好きな花です。その芳しい香りは春を引き連れてやってくるように思います。年々咲く時期が早くなってるように思うのですが、早く春が来てくれるのは本当に嬉しいです。

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