見わたせば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける
素性法師の歌のように、弥生、3月は花の月。年初から先の月にかけて花一枝、香りをふりまいてきた梅の花、雛のお節句の頃の桃の花、そして真打桜花の登場です。
古来花と言えば梅を言ったそうですが、平安朝頃から段々と桜に遷(うつ)り行き、やがて西行法師の如く歌作の何割かを桜の歌が占める歌人も出、遂には「花は桜木」とまで讃えられるに至っています。京菓子の世界では花の誕生から、散り行き、流れ往く水の流れによって旅立つ辺りまで採り上げて、それぞれ意匠して楽しんでつくっていきます。
3月に入りますと、お菓子に使用します生地も薯蕷(じょうよ)、ねりきり、こなし等の蒸し物、練物に加えて軽やかなういろう、お餅、村雨等、きんとんも彩りに一層華やぎが増し、手法も、合せ、ぼかし、散らしを用いて表現の幅が拡がります。
各々の生地を取り上げてみますと、薯蕷饅頭で生地の内側からピンク色を頭頂部だけぼかしてつまんだ「花兆」、緑色に染めたねりきりの端にピンク色の共生地を付けて横向きに絞って開花を誘う「春の声」、長方形に伸ばしたこなしを縦に黄緑色とピンク色に染め合わせて「春の川」、ういろうを三角形に伸ばして餡を折りたたんで「花衣」、村雨の型物で丸く底だけ餡の茶色で上は全てピンク色にして「嵯峨の春」、きんとんでピンク色と白色の餡を合せて通して「花霞」。冒頭の歌をきんとんにした「都の錦」は、芯に粒餡を包んだ雪餅を入れたものが裏千家玄室大宗匠のお好みになっています。
花を表わすピンク色は必ず薄目にします。花でも八重桜は濃い目ですが、それでも梅に比べれば薄目ですし、桃と比べるとさらに薄目になります。葉が出て参りますと、きんとんも緑を散らして「葉桜きんとん」。散った花弁の一枚「ひとひら」をこなしでつくり、水面に舞った花弁がまるで筏を思わせる姿を薯蕷、ういろう等でつくる「花筏」。ピンク色、黄色、緑色三色を餡とこなしで染め分けて巻物にして「春の野」。まだまだ花にちなんだお菓子は多く、恐らく一つのテーマとしては秋の紅葉と比べても勝るとも劣らぬ数に上ると思います。
時候が良くなってお茶会の催しも多く、所によっては長閑(のどか)な野点てのお席が見られることもあります。御注文頂きます各々のお席で、御趣向もお取り合わせも変わりますので、その都度、定番のお菓子から捜したり、新しく考案したりしてお菓子器に合うか、菓銘がお道具の銘と重なったりしていないか等を検討した上でお見本をお見せしてお決め頂きます。
このような手順を踏むことで私どもお菓子屋はいろんな事を学ばせて頂き、頭の中の抽斗(ひきだし)を増していきます。お茶会に限らず、華展、能、舞踊会、寺社の行事、個人のお宅での慶事、仏事等、幸いにして京都はお客様との交流の機会が多く、恵まれています。美しい四季の巡り、建都以来1200年余りの歴史の中で生まれ、育まれてきた伝統文化の数々、日々の暮らしの中の風習を取り込んで豊かに育ってきた点に京菓子の大きな特徴があると思います。
例えば今月、花の月、よく見られるお菓子に花見団子があります。あん玉だけの物、ういろう玉だけの物、こなしだけの物、小さなういろう玉を餡で包んだ物、色もピンク色、緑色、白色の三色が多く、餡の茶色、緑色、白色の組合せは少数派、芯を通す串も、竹串から黒文字まで。お茶の方では、花見団子を盛るためだけの田楽箱というお道具まであります。一つのお菓子でこれだけ幅のあるのも珍しいかと思います。花の月いろんなお店、時期によって変わる花のお菓子をどうぞお楽しみください。