脱線古事記

〈4〉卑弥呼の国

 あんたはんね、仮に何か紛失したとします。何でもよろしにゃけど、一応ハンカチとしまひょか。他人には只(ただ)のハンカチやけど、あんたはんには思い出の品とか。
 捜さんならんけど落した場所がわからん。途中で落す事はまあ無いし、きっと使うた所や。喫茶店、駅のベンチ、百貨店の便所、他。次々と捜していって「あ、此処(ここ)やったんや」て思うのは何によってどす?

ここ掘れ金印
イラスト・中村洋子

 唯一その場所を特定出来るのは、自分で見つけるか他人さんが拾うて届けてくれるかは別として、ハンカチが落ちてたちゅう事やおへんか。向うに決まってる思ても、それはあんたはんがそう思てるだけで、思い違いかも知れしまへん。つまり思いではあかんので、決定的証拠が要りますにゃ。
 女王国捜しも同じ事で、先(ま)ず国の名を何と言うかをはっきりさせて、それをシャバイコクやないかとします。次に今も日本の何処(どこ)かにシャバイかそれに近い地名が遺(のこ)ってるとします。これは仮定に過ぎまへん。けどヤマタイを信じ込むよりは多少ましかいな、ちゅう程度の仮定。
 次に鯖江、椿井、耶馬、まだあるかも知れん地名を地図の上で捜して赤線で囲む。
 次に歴史の途中で消えた例えば「遮葉院」みたいな地名が無いか捜す。今も地名は行政の手によって無謀に変えられてまっさかい、ひょっとしてシャバイちゅう所があったかもて思いますけどな。
 ところでね、この地名を好き勝手になぶるの、何とかなりまへんか。地図もパンフレットもカーナビも、みんな「八日市」で行こうとしたら、道路標識に一向に八日市の指示が出まへん。聞いてみたら今は「東近江」やて。それなら道路標識に何遍も出てたのに。きめ細かい政治、国民のための政治、ウソどすな、みんな。勝手に変えるなよ、ほんまに。
 閑話休題。ほんまは閑話や無うてボクは怒ってますにゃけどな。とりあえずシャバイの候補が絞れたとします。それでどうなります? 今捜してるのはハンカチの方どすにゃ。ハンカチを落した場所を捜してるのと違いますがな。其処(そこ)を取り違えたらあきまへん。
 ボクは「魏志」の言うてる女王国の名をそれなりにシャバイコクと読んでますにゃが、古い日本語に拗音は無かったようやさかい「邪」は中国で外国名に当て字を使う時、蔑称になる文字にする癖からこんな字を当てたと思てます。そうすると椿井等の地名が妥当かどうか、よう判らん事になります。
 ではおすが、鯖江でも椿井でも耶馬でも、或(あるい)はヤマタイであっても、其処へ行ってどうしますにゃ。何ぼ精密に国語音韻的に、或は地理的に「此処(ここ)や」て言い当てても、其処が女王国のあった所かどうかは決められしまへん。
 女王国捜しの終着駅はハンカチ、つまり動かん証拠の「物」を見つけるしかおへん。
 その「物」て何や。それは間違い無う女王国にしか無い物でなけんならん。腐食せず溶解せず崩壊せず移動せず女王国に1700年あり続ける物。
 「魏志」にはその候補になりそうな品が書かれておす。列挙すると女王卑弥呼(ひみこ)に金印が渡されてます。多分印文「親魏倭王」印。次に使者に推定「率善中郎将」と「率善校尉」の銀印が渡されてます。そして銅鏡100枚。
 銅鏡は三角縁神獣鏡やないかて喧(かまびす)しい品どす。もう一つ貰い物やおへんけど「魏志」に書かれてる卑弥呼の「径百余歩」の塚。
 さ、これらの物が日本の何処かで見つかりますかいな。見つかったら重畳(ちょうじょう)どすけどな。

2010年3月 1日 11:53 |コメント2
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水野恵 プロフィール
篆刻家。1931年1月、京都市生まれ。江戸期から続く御用印判司「鮟鱇屈」の流れを継ぐ水野鮟鱇屈3代目。幼い頃から父の師河井章石に薫陶を受ける。京都府立大学文芸学科卒業後は、書を木村陽山に、篆刻は園田湖城に就いて学んだ。俳句や水彩画も手掛け、篆刻・書とともに文人として四絶を目指す。元佛教大学四条センター篆刻講座講師。
著書は、『日本篆刻物語 はんこの文化史』(芸艸堂)、『印章 篆刻のしおり』(芸艸堂)、『古漢辞典』(光村推古書院)など多数。

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コメント

水野氏の動画が無くなって淋しいです~
復帰してくだされば嬉しいなぁ・・・・

「邪馬台国」、成程と思いました。
鯖江、椿井、耶馬、等々。面白い発想ですね。地名とは、確かに深い歴史と関わっていますね。
 ただし、発音や文字だけでは、決定的な証拠にはならないようですね。銅鐸とか金印等が発掘されれば、もっと大きな発見になりますね。
 この前の大きな建物跡(柱を差し込んでいた穴)も必ずしも「邪馬台国」とは結びつかないと思われます。他にも小国はたくさんあった時代ですからね。

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