卯月。陰暦では丁度、卯の花の咲く頃ですので、こう呼んでいます。この月、陽暦の現在では、満開から葉桜、八重桜、遅咲きと低木で名高い御室桜への花が楽しめます。片や春の野辺に七草が生(お)え、浜辺には春の風に誘われて貝が寄り来り、夜空の月も湿気のせいか朧にかすむ、そんな情景の頃であります。
摘み草を餅に搗き込み、お手製の漉餡や粒餡を包んだ草餅、今でも大原路を行きますと、道端の家の前で大原女さんが売られているのを見たりもします。
私共では、材料屋さんから仕入れた冷凍ヨモギを使います。予め使う量だけ解凍しておき、冷凍で封じ込められた野の香りを逃さぬ様に搾った汁も餅を練る折に加えて、漉餡を包みます。粒餡もそれなりに美味しいのですが、ヨモギの葉の食感と香りを生かしたいと思いますので、漉餡と合わせることにしております。
菜の花も野を彩る黄と緑の対比がいかにも春らしく、のんどりとしてお菓子の題材にもよく取り上げられています。菜の花きんとん、菜種巻、菜の海月等があります。菜種巻は緑色に染めたこなしで黄色に色付けした白餡を巻いて、小口切りにして使います。切口が渦巻状になり、色どりが美しいお菓子です。
山道もそうですが、横長、棹状に伸(の)して切り出して使うお菓子のことを伸し物とか棹物とか申します。因みに羊羹の事も棹物と言いますのでご注意下さい。このような伸し物は一度に約20個分位を1本の棹状に伸して作りますので、製造する側として作り易いお菓子です。
菜の海月は菜種羹とも言いまして、粟羊羹を流し合わせるお菓子です。花が終わりに近付きますと、全国6玉川の1つ、京都は東南の隅近く、井出町、玉川の山吹は和歌にも歌われ、井出の里、玉水等と呼ばれて晩春の風物詩となっています。黄色の薯蕷生地に薄水色の白餡を包み、生地の一部に織部調に薄水色を配した「井出の里」、白のういろう生地で薄水色の白餡を渦巻状に巻いた「玉水」があります。同じ渦巻状でもこなしとういろうの彩りの変化で印象が変わります。前出の菜種巻はこなし製ですので、厚ぼったい感じを受けますが、ういろうの「玉水」は軽みを感じさせてくれます。こんなところにも使う生地による季節のうつろひの表現が見て頂けると思います。
「野面の色」はきんとんか村雨の型抜きで作ります。綴、綾、錦、彩の糸が織り成す様な春の野を黄、赤、緑、茶などに色付けしたそぼろを付けてきんとんに、上用粉を加えてからそぼろに出して丸型の器に入れ、芯に粒餡を仕込んで蒸しあげますと、村雨になります。
水辺、磯辺の春、先ほどの「玉水」もそうですが、春の彩りを映して流れる川、まるで寄せる波音が子守歌の様に優しい「夕凪」「春の汀」という銘のお菓子もあります。「夕凪」はこなしの山道の変形、「春の汀」は薯蕷で貝、桜貝でしょうか、そんな姿を映しています。
水と言えば、川なら柳、磯なら松は付き物です。「若柳」「青柳」「磯馴れの松」があります。まあ、春のお菓子はとくに種類も多く、使える生地も増えてきますので多様な組み合わせが楽しめます。前にも申しました様に、お菓子は素材である餡(漉餡、粒餡、白餡、特殊餡=黄身餡、味噌餡等)と生地の組み合わせを、お使い頂く場、時、目的に合わせて選択し、更に形と彩りを決めて試作してみます。例えば春ですと、使える生地は薯蕷、こなし、ういろう、村雨、雪餅、蕨、きんとん等があります。
例えば、お使いになられるのがお茶会で、お床の掛物が「花開萬国春」としましょう。4月は目の届く限り花、花、花。当然、お道具にも花にまつわるとりどりが居並ぶ事と思われます。そこで花関連からは外れて「柳緑花紅」から柳を選び、春陽とはいえ、日中等は汗ばむこともある季節ですので、生地はういろうにして、中の餡も口当たりのサラッとした白餡を合わせます。柳も若柳の初々しさでういろうは黄緑色、餡は桜色に決めて、長方形に伸したういろうの下半の部分に桜色の餡を置き、少しだけ斜めにずらして2つ折りにして餡をちょっと見せる加減にして出来上がり。菓銘は「和(なごみ)の風」。春風の向きでたなびく若柳の枝が流れた後に、花の影が映えている、そんな感じを表現してみました。菓銘は「萬国春」は平和から、ということで「和」の「風」。
今月はこんな事で、来月からは風炉の季節。少し夏めいて参ります。さて、どんなお話が出来ますやら。