此処(ここ)までお話してきた事で、漢字の構造やら原義の事が漠然とでも判ってもらえたと思います。それを下地にして「口」の件にもうちょっと踏み込んどきまひょか。
楷書で「口」と同じ四角形に書かれてゝも、元々は「口」とは違う文字もあります。先ず「うつわ」か「くち」かの論議では、そういう紛れ込んでる他字を除外しとかなあきまへん。
何でそんなもんが紛れ込んでるか。文字の形の変遷では、似た形のもんは統一してしまう癖があります。常用漢字では意図的にそういう事をたんとやってますわな。「→戻」、「拔→抜」、「→麻」、「→歴」 等。
早い話が「くにがまえ」。「口」と同じ恰好してるけど「口」やおへん。「国」は、くちの中に玉がある字でも、器の中に玉がある字でもおへん。これが小そう書かれて「邑」の上半に使われています。
「呂」に含まれてるのは椎骨の写生。ずっと長い背骨を二箇所だけ書いたもんどす。
「宮」に含まれてるのは四角い部屋の形。
そういう「口」ではない異字を省いて、「口」を含んだ文字を見ていくと、「くち」に関するもんが圧倒的に多うて「うつわ」を表す文字が少い事が判ります。
「うつわ」関係の代表が「合」どすな。この字は部品二つ。誰でも判る器の身と蓋の写生。作ってみたら一遍に解りますけど、土器でも青銅器でも骨器に至るまで、身と蓋の合口がきっちりするように作るのは、大変難しいもんどす。その意味が延伸して、時間を合す、煮加減を合す、衣類を合す等として大事な文字になりましたんやろ。
「くち」関係は「口」をはじめ、「舌」「唇」「喉」「歯」等。「歯」は最古の形は口の中に歯並びのある写生で、今でも漫画で、イーてやる時に描かれる口の姿そのままどす。
これが延伸して、呼吸、音声、飲食を表す文字を作ります。
呼吸系─呼、吸、吹、吐
音声系─言、話、叫、咆、唱
飲食系─呑、含、味、唾、甘
(「甘」は古くは「口」の中に「・」を書く)
口と外見の形が似たもんも「口」で書きます。一つは穴。もう一つは窓。当時の窓は壁に穴をあけただけと思たらよろし。
穴系─去、谷
窓系─尚、高
更に音声系が延伸して、弁の立つ奴は賢いと思われたさかい、頭脳系が派生します。
頭脳系─知、哲、君、吉
「吉」とは文武両道の備わる事どす。
かくて「くち」か「うつわ」かは数の上では「くち」系どすけど、「うつわ」が無いわけやおへん。ひょっとするとさっき申した文字の形の変化の癖で「くち」と「うつわ」別々の文字が、古い時代にごっちゃになったかも知れまへん。学問でこわいのは、どっちか一つに決めんと承知出来んちゅう意地どす。
ところで肝心の「器」は? ヒントは「吠」「哭」どす。『論語』の「君子不器」がこの字の読み方で内容が決まりますにゃけど。
『老子』に「谷神不死」ちゅう件(くだ)りがおす。この「谷」を「たに」と読むさかい、古来奇妙な訳がたんと見られます。これは「谷」の「口」のほんまの意味を読まへんさかいどす。この「口」は穴系どす。そして「谷」の部品数は一。
「器」と「谷」は宿題。