「薫風自南来(くんぷうみなみよりきたる)」─先月、透木釜(すきぎがま)を懸(か)けて炭火を見えぬようにしていた炉も交替の季(とき)を迎えます。代わって、風炉の出番となり、畳も取替え、何かしら広くなったように思われる茶席に五月の爽やかな風が通り抜けていきます。
卯の花、葵、かきつばた、ほととぎす、撫子、花王と呼ばれる牡丹も大輪の花を開き、野面には麦が穂を揃えて麦秋(ばくしゅう)の時を迎え、夜、月を横切って「長笛一声(ちょうてきいっせい)」ホトトギスが飛び去って行く、こんな風景がこの月お菓子に写されて、お目にかかります。
五月と言えば端午の節句、と言われるかも知れません。粽(ちまき)、柏餅。ご存知のように京都のお菓子業界では棲み分けがされていますので、私共ではお造りしませんし、偶にお茶のご趣向で「特に」と仰られてお造りさせていただくことがありましても、何か一味違うように思われてなりません。やはり餅は餅屋と言うところでしょう。
因みに、以前お節句の趣向で「矢の根」というお菓子をつくりました。味噌餡を道明寺で包み、矢尻の形にした物を、矢羽根型に切った笹の葉で上下を挟んだお菓子でした。今一つは名古屋の名菓「初松魚(はつかつお)」と同じ物を、と云う御注文で、お菓子そのものは何とか仕上げましたが、切り分ける時の断面が刺身の断面のように筋目がつかず、これを付ける工夫に随分苦労いたしました。
“爽やかさ”が今月を表わすのに一番ぴったりと合う言葉かと思います。
お菓子に使う生地もういろうの出番が多くなり、こなしや薯蕷(じょうよ)は出番が減っていきます。見た目や口ざわりが厚ぼったく感じられることと薯蕷生地の場合は原材料のつくね芋の品質が夏に向かうにつれて、〔水芋〕と呼ばれる粘り気の弱いものになっていく事も使い難い原因になっています。五月を代表するういろうのお菓子は「唐衣」です。「からころも きつつなれなし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ」。ういろう生地を染分け状にした物を伸展して正方形に切って、餡を折り込んだお菓子ですが、彩、形のすっきりとした点、古歌を取り上げて頭音を取って菓銘に使った手際と云い、考案、いや創案された先輩に脱帽です。
「一声」は水色に染めたういろうで、大徳寺納豆を置いた白餡を包み、半月にしたお菓子です。大徳寺納豆がそれとなくほととぎすに見える点がいかにも茶の席に相応しい表現かと思われます。どちらも餡は白餡を使います。生地が透けているので漉餡や粒餡を包んだりすると、餡の黒っぽい色がういろう生地の色をくすませますので避けた方が無難です。
爽やかさといえば木の芽の香りもこの月のもの。淡雪でつくった田楽に味噌餡を塗り、上に木の芽を一さし置きます。勿論田楽串を通して、田楽筥(はこ)に盛り付けます。お席で蓋を取ると木の芽の香りが爽やかに鼻腔を抜けていきます。最後の薯蕷も木の芽を使います。薯蕷饅頭の頭頂を平らにし、木の芽を貼り付け、軽く焼き色をつけます「木の芽薯蕷」、または「鞍馬路」です。
きんとんは新緑の、見る者の身も心も染めてしまうような鮮やかな緑一色で「滴り」があります。来月になると梅雨、蒸し暑さも出てきます。いろいろな生地が使えるのは今月まで、葛や錦玉も出て来ますが、どうしてもお菓子の幅が狭まります。どうぞ今月もいろいろな生地をご賞味ください。