「之」の下辺の「一」は地べたの形か出発地を線で表したもんどっしゃろ。上半は図のイが草、ロが足跡の形どす。草が地べたから伸びて「ゆく」か、出発地点から歩いて「ゆく」か。ハに楷書までの変化の大体を示しときます。
次に「千」。部品数二。漢字が出来た時に、もう千ちゅう数の単位が使われてたようで、早うからこの字はあります。こういう抽象概念は写生ちゅう訳にはいきまへんさかい、例によってセンちゅう音を持った文字を仮借として使います。
おもろいのは当時の人が只のセンちゅう単位の存在を認めてなんだ事どす。借りた元の字は「人」どすにゃけど、それを我々のように「五千」「八千」ちゅうようには書かへんのどすな。尤(もっと)もこう書くと「ゴセン」か「ゴニン」か判らんようになります。「五人」「八人」ではそうなりますな。
ニに実例を示しときます。不思議なんは「八千」や「九千」の文字が見つかってへん事どす。「五」の解説で又申します。
「秋」。今こう書きますけど元はホのように書きました。この例は他に「和」「隣」「豁」等があります。
部品数二。稲等の禾本科の作物を刈り取って(昔は穂だけを刈り取る)残った莖(くき)や葉を焼く意。それが秋。
「長」。部品数一又は二又は三。原意は長生きした人。ヘの上辺のF状は長髪。下辺は「人」。この全体を老人の写生と見たら部品数は一。髪の写生に「人」を加えたと見るならば部品数二。更にトの左下の「T」の部分は杖どすが、これを含めて老人の写生と見るか、付加と見るか。付加なら部品数がも一つ増えます。
「ながい」の訓は寿命が長いちゅうのが原義どす。時間の長さを言うのなら生きてる時間、空間の長さで使うなら髪の長さの応用どすわ。
「五」。最初は一から五まではチのように書いてました。そのまゝ生き残ったんは「一」「二」「三」だけどす。四、五になると横画の数が多うなって実用的やおへん。六以上が仮借のやり方やったさかい、後に四、五もそれに倣(なら)いました。
「五」は部品数一。木を切ったりする時の馬か、鞍掛けか、脚立か、建物等の筋違(か)いか、とりあえず交叉する物の写生。今なら折畳み椅子どっしゃろか。
「百」も「千」と同じ造字法どすけど、残念ながら、「白」の部分が未解読どす。少なくとも「白(しろ)」や「自」ではおへん。リに実例だけ示しときます。