京の町では大文字の送り火が御先祖様とのお別れであり、又行く夏を送るしるしでもあります。子ども達にとっては夏休み最後のお楽しみ、地蔵盆。町によっては大日っあんが有るのですが、同時にそれは新学期迄の残り少ない時間がいよいよ秒読み段階に入った事を知らせる行事でもあり、そろそろ遊んでいる内にもお尻の落ち着かない毎日の始まりでもあります。
七日は立秋。厳しい残暑の毎日ですが、朝な夕なに涼風が立ち、夏木立の落す影も少しずつ長く伸びてきます。もうそろそろお菓子の世界にも秋風を吹かせねば、と云う事で、矢張り今月のお菓子くじ取らず一番は何と言っても「葛焼」です。
漉し餡に純度の高い良質の澱粉である葛を混ぜ合せ、強い蒸気で蒸し上げる事によって粘りを出し、固めたものに上用粉をまぶして焦げ目を付けます。粉の付け方、焼き方、焦げ目の付き方等どれをとってもお店の数だけ違う葛焼きが出来ます。
私方では菓銘が「旅衣」。焦げ目の風情に晩夏の侘しさを感じますので、旅を行く西行の後姿をイメージしてみました。葛焼も白餡を使いますと彩りを自由にできます。白一色であまり焦げ目を付けず「白露」、緑一色で少し焦げ目を強くして「巌の雫」、青と白の流し合せで「秋の水」等が出来ます。又、白のういろうを短冊状に切り、葛焼に巻いて「狭衣」、漉し餡のものでも、濃淡、白餡のものでも色々お菓子器やお取り合せに合せて応用しておつくりできます。
ういろう生地もそろそろ使い始めます。伸展して丸く型抜きしたものを折りたたんで「夕顔」や「月見草」等、出来るだけ涼やかな印象を与えるものに仕上げます。
今月もまだ餡を使ったお菓子より、葛や、寒天系のものが多くなりますので、ここでは逆にたっぷりと餡のお話をして行きましょう。
「今のように業務用冷凍庫付冷蔵庫が普及する前、夏場に餡の保存はどうされていたのでしょう」とご質問を頂く事があります。生餡の状態ですと常温、冷蔵共に非常に日保ちは悪いものですが、砂糖を加え、充分に火を入れて練り上げた物ですと、2週間はそのまま保存できます。尤も、作業する折に必要以上に餡に触れたりしますとカビが生え易いということはありますが、砂糖が防腐剤の役割をしてくれますので案外日保ちはします。
三種の餡を日保ちの良い順に並べますと、白餡、漉し餡、粒餡の順です。炊き上がった餡は餡函に入れられ、餡棚と云う場所に収めます。害虫やねずみ除けに内部にブリキを貼り、戸は細い目の網戸を使っています。多くのお店では片開きでしたが、広い工場のお店では両側が網戸というのもありました。少しでも風通しの良い所で保存する、ということでしょう。
漉し餡、白餡、粒餡のほかにも水飴を加えて炊く「ねき餡」という餡は更に日保ちがよくなります。季節によって多様な生地が使える時にはそれに応じた、上用餡、餅餡、きんとん餡、ういろう、こなし用等の餡を準備しておきます。生地の性質に合った餡、これが美味しいお菓子ができる必要条件の一つです。
たまにお土産等に頂いた旅先のお菓子で、大量生産の物等が、餡はパサパサ、生地と餡の間が空いている物や、必要以上に火を入れすぎた為か餡の色が白っぽくなっているものがありますが、言うまでもなく不味いものです。美味しい餡が炊けたら、更にもう少し手をかけて、生地に合った餡を炊き分けておくことが、口中にしっとりとした風味、生地の歯応え、餡の舌触り、生地、餡の香り、そして二つが混じり合って生れる、お菓子全体が一つに解け合った風味を味わっていただける、「美味しい!」とお褒め頂けるお菓子づくりの秘訣です。
何事によらず素材の風味を活かす事を第一に考えてつくるのが当り前のことで、お菓子造りも甘味離れを気にする余り、必要量以下に砂糖を減らしたりしますと、小豆の風味も生かされない、只「甘くない」だけの餡になってしまいます。
これは昔のお話ですが、「渋餡」という餡がありました。漉し餡を炊く折、始めに取った渋を、砂糖を溶かす水に加えて炊く餡のことで、こうして炊いた餡は小豆の香りが一段と良くなり、お茶のお菓子には好んで使われていました。
漉し餡、白餡、粒餡、各々独自の風味を持っています。餡の炊き方も違います。どうぞ各々の風味をよく味わってお召し上がり頂ければと念じております。