長い名前やさかいなかなか終らしまへんな。『古事記』編輯(しゅう)部ちゅうのはふざけとったんかいな。
次に「水」。部品数は二。元々「水」と「川」は同字やったようどす。その「川」は図のイにあるように書いたのが最初どすけど、それが後にロのように省略形になりました。その頃ハのような文字も出来て、流れの大小によって書き分けてました。「小川」なんて書かいでも「く」でえゝのやさかい便利どすな。
この「川」の外側へ移動の指事符を書いたもんを水とし、内側へ指事符を書くもんを川と使い分けるようになったんどすな。
移動の指事符ちゅうのは、前に涌発の指事符のとこで一寸(ちょっと)申しましたが、「泉」に使われてた記号どす。水とは川の中を動いて行く物の事どす。
「穂」は実は後世に造られた文字で、古うはニのように書いてました。部品数二。上半は「爪」どすが本当は手を上から下へ向けてる形どす。「印」「為」「学」等に使われてます。下半は「禾」どす。
「秋」の所で申しましたが、麦、穂、稲等を刈り入れる(摘む)動作の写生どす。弥生時代には石包丁を使うて穂を摘んでました。禾と違て茶やけども今も茶摘みを手でやる時は、茶の若芽をこの形でやります。
穂とは刈り取る部分の事どす。
この原義が引伸されて「菜」「採」「彩」等になってます。『万葉集』の雄略天皇の御製に「菜採須児家吉閑名」て出てきますな。
ま、こういう事で日本の古い自称の国名の一字々々の原義は解りますが、全体としてはどういう意味や。名前ちゅうのは多くが何らかの由来やら思いが込められてるもんどすな。日吉丸は日吉神社に受胎のいわれがあります。作曲家のボロディンは鬚(ひげ)ちゅう意味やそうどす。ほなボクも鬚が長いさかい襤褸人(ぼろじん)かいな。川北、川南、山本、山下、田中等、それぞれの由来が判る気がしまっせ。
すると日本は「豊かに葦が生えてる平野の千年も長う五百年も水穂の国」ちゅう直訳が出来ます。さ、問題が二つ。一つは「千秋長五百秋」の解釈どす。もう一つは「水穂」。
前者は「千秋、更に長くもう五百秋」どすか。ほな合計千五百年。そや無うて「豊葦原之千秋長、五百秋之水穂国」どすか。
後者は世間では瑞穂と解いてます。「瑞」は天子が諸侯を封ずる時にしるしとして与える玉製の圭ちゅうもんの事どす。これを「みずみずし」と読むのは我国だけの訓どす。『古事記』が書かれた時にこの訓がおしたんやろか。
素直に「水」で読んだら誰にもピンと来るのが陸稲(おかぼ)に対する水穂どすな。赤米は最初陸稲で炊くのや無しに蒸して食べてたそうどすが、もし水穂を進歩と捉えてたとしたら、この国名は颯爽としてるのかも知れまへん。
何にしろこんな長い名前は寿限無と一緒で滑稽どす。第一使い難うて実用に向きまへん。それですぐに「豊葦原水穂国」ちゅう略称が出てきます。これでもまだ長い。結局「葦原中国」に戻るのどすな。
どうも『古事記』では国の定義があやふやどすな。江戸時代なら国は大和国、山城国のように今の府県を指してました。廃藩置県で日本全体は大日本帝国になったけど、それは余所行きの名。常々は大日本か日本。つまり「国」は帝国、共和国、合衆国のように普通名詞にはなるけど、固有名詞にはならんのどす。フランス国、ドイツ国、デンマーク国等とは言いまへんやろ。
戦後、大日本帝国に代る正式国名を決める時、「日本」とすればえゝもんを「日本国」にしましたな。ボクはあの時「アーア」て思いました。