私どもの造りますお菓子には一つ一つ名前がついています。菓銘と申します。お茶事、お茶会、お茶でなくても能、狂言、舞踊、花展等々、お使いいただく場に合わせて意匠を決めますので、意匠の一部として名前も考えます。尤(もっと)も、何もかも全てが創作ということではなく、先人が遺してくれた優れた意匠が定番となっているものを使うことも多々あります。
一月、迎春と云えば、きんとんでは「此ノ花きんとん」、「常磐(ときわ)きんとん」があります。紅白の梅を振り分けのそぼろで表現したもの、常に変わらぬ「ときは」の緑をそぼろにしたもの、各々優れた意匠で今も盛んに造られるお菓子です。
薯蕷饅頭ですと定番は「笑顔」。「笑くぼ」とも云います。上用のおまんの天を少しおさえ、紅色で点を打ちます。何ともすっきりとした意匠ではありませんか。また、今年の干支は卯。兎です。様々な生地で造りますが、例えば薯蕷ですと、浪兎(波兎)を採り上げます。少し平目加減に成形した薯蕷饅頭に水色の生地を織部風に付け、上に浪兎の焼印を押して仕上げます。
浪兎の意匠は能の「竹生島」が出典で、「緑樹陰沈んで魚木に登る気色あり月海上に浮かんでは兎も浪を走る」とあるのを、桃山末期から江戸前期にかけて盛んに服飾、工芸、建築等で取り上げられて以来、兎と云えば月兎と共に代表的な意匠になっています。こんなことから、兎年が巡って来ますと、私どもお菓子屋は、「浪兎で何か造ろうか」と思います。干支、兎、竹生島、波兎と連想が働きます。
「何でも浅う、広う、知っときや」と子どもの頃から親や祖父母から言われてきまして、本格的にお稽古したものもあれば、見かじり、聞きかじりだけのものもあります。兎に角、自分でそれについてお話しすることは出来なくても、人様がお話しされることについて行ける程度には一応心得ておくことは、京都でお菓子をつくる者にとって必要条件であります。知ったかぶりは不可ですが、浅く知った上で、お客様方からいろいろと教えて頂き段々と幅を拡げていく気持ちが肝心です。
今月は能に由来した干支菓子「波兎(浪兎)」を採り上げてみました。和歌や俳句からの引用もあります。今年はこんなお話でつないで行きたいと思っています。宜しくお付き合いの程お願いいたします。
瑞兆としてのうさぎ
ウサギといえば、満月の中で餅を搗く月兎、そして出雲神話に出て来る因幡の白兎でしょうか。神話では隠岐の島に住む兎が因幡の国の姫様に会いたいと、鰐鮫(わにざめ)を欺いて背を渡ったものの、最後の鰐鮫に丸裸にされ、さらに八十神(やそかみ)の教えを信じて潮を浴び痛くて泣いていたところを大国主命(おおくにぬしのみこと)に救われたというお話。その後、姫様と大国主命を結び付けたことから、鳥取県の「白兎神社」では縁結びの御祭神となっています。
兎は、デザインのおもしろさからか、意匠としても多用されるモチーフです。日本の民間伝承では月の兎は餅を搗いていますが、原典である中国の伝説では、不老長寿の仙薬を作っています。月の精である兎は長寿のしるし、また、多産であることから子孫繁栄のシンボルとして、戦国時代頃から用いられようになりました。瑞祥文としての意味のほか、その姿の愛らしさ、月や波との組み合わせのつきづきしさが日本人の好みにかなったということでしょうか。家紋のほか着物やお茶道具などの工芸の意匠に好んで使われてきました。
兎さんの「おまんじゅう」いいですね。体が瑠璃色で、癒し系のカラーです。
僕もキキョウ・サワギキョウ(深泥池)・オオイヌノフグリなんかの瑠璃色が大好きです。
野鳥でもルリビタキの瑠璃色とお腹の淡い黄色がとても際立っています。