お菓子で巡る趣味の周辺

〈2〉香り立つ寒中の花

 衣更着とも書くように前月中の寒の入からこの月中は寒気の強い冷たい日が続きます。まずご紹介するのは「ナルシスの丘」きんとんです。関西地方又は、最寄りでの水仙の名所と言えば、兵庫県は淡路島の黒岩水仙郷、福井県の越前岬があります。どちらも小高い丘の斜面や岬に群生し、吹き上げる風に倒れそうに身を傾げながらも白い花弁をいっぱいに開いて黄色の芯を誇らしげに見せています。そんな姿をねりきりのきんとんに仕立て、芯の部分は黄色に染めた白餡で表現しています。
ナルシスの丘ナルシスの丘
 ナルシスとは水仙のこと。ギリシア神話に登場する高慢な美少年ナルキッソスは、ニンフの求愛を冷たく退けた報いに、水鏡に映った自分の姿に恋慕し衰えやつれて事切れます。その後には水仙の花が咲いていたという、美しく、悲しい物語が残されています。「ナルシスト」もここからきています。和菓子に西洋古典からの銘、意外とお席で聞きましても違和感の無いのは、元の水仙の花が親しみやすい花だからでしょうか。
 同じく寒気の中に凛然と咲く花、梅があります。寒気を冒して開く百花の魁(さきがけ)、平安時代以前には「花」と言えば桜ではなく梅の事だったとか。お菓子の世界では主菓子、干菓子を問わず数多くの意匠で作られています。
未開紅

未開紅

此の花きんとん此の花きんとん
 初めにご紹介するのは「未開紅(みかいこう)」です。この名前の品種があるのですが、実見しておりません。外側が紅、中が白、こなしの生地を白、ピンクと重ねて伸ばし、真四角に切り分けて、中に餡を入れ四隅を折り畳んで、黄色の芯を付けたお菓子ですが、各お店で応用して造られています。私共では外を黄緑、中をピンクにし、黄色の餡を入れています。昔、誰が創案されたのか一切分かっておりませんが素晴らしい意匠だと思います。
 「此の花きんとん」は〔難波津に咲くや木の花冬ごもり 今を春べと咲くや木の花〕という古今序の歌から取った銘です。きんとんを真ん中から紅白の振分にした物で、白はねりきりを毛通しで細かいそぼろにしたのをふうわりと付けます。

 「木の花」は梅の花の雅称。謡曲の「弱法師(よろぼし)」にも出てきます。難波の四天王寺が舞台。弱法師(盲目)の物ごい・俊徳丸と故あって俊徳丸を捨てた父親との再会と和解を描いた作品で、父との出会いの場面で梅の花が息子の袖にかかり「憂たてやな難波津の花ならばただ木の花とこそ仰るべきに…」とはらはらと花が散る場面です。

懸想餅

懸想餅

咲き分け咲き分け

 14日はバレンタインデー。和風に「懸想餅(けそうもち)」と命名しました。懸想文は昔の恋文です。江戸時代、正月に、京都では懸想文売りが売り歩いたというお札もあるそうです。恋文に似せて縁起を祝う文が書いてあり、これを買うと良縁が得られるとされたそうです。白餡を餅で包み、ココアパウダーをかけてみました。甘さを押さえた餡の味の後に、ココアの香りが立ちます。
 「咲き分け」は1つの根から幹が2つに分かれて色の違う花が咲いた木で、梅では「源平咲き分け梅」が二条城にあります。共に生き、共に育つことを意味するそうです。こなし生地で抑えたピンクと白で染め分けました。中はこし餡です。

 意匠も様々な2月の和菓子をお楽しみください。

和菓子の包装紙

末富の包み紙池田遥邨による末富の包み紙

 和菓子屋さんの包み紙はなかなか捨てられません。デザインや色合い、紙などにこだわりがあり、ついつい溜まってしまいます。実は有名な日本画家や版画家が描いた包装紙も沢山あります。
 甘泉堂のかけ紙は京都とも御縁の深い冨岡鉄斎(1836~1924)が描いたカラフルな四君子、末富の包み紙は池田遥邨(1895~1988)で、「末富ブルー」が独特です。笹屋守栄の包み紙は堂本印象(1891~1975)ののびやかな水彩画。二条若狭屋さんは徳力富吉郎(1902~2000)の版画で初代と懇意だったことから書かれたとか。亀屋良永の煎餅缶のラベルは棟方志功(1903~1975)、たち吉の手提げ袋も棟方で、京都の歳時記が彫られています。
 包み紙だけでなく、お菓子を入れる箱、掛紙、紙テープの紐、又生菓子以外の銘菓物では包装(個別の)や口上書、掛紙にも、そのお菓子だけの意匠を凝らした物が見られます。能の披きや、踊の会等、特別のご注文の折には箱から、掛紙、包装紙まで誂える事もあります。京都にはその様な注文を受けてくれる箱屋さん、印刷屋さん等が今もあります。

2011年1月24日 15:25 |コメント0
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甘楽花子(かんらくはなご)
京菓子司の家に生まれ、2003年独立開業。兄が4代目を継ぐ実家では、主に茶道用生菓子を製造しており、生まれながらのお菓子屋と自分では思っています。趣味は多岐に渉りますが、茶道は裏千家、茶名は宗豪、準教授です。

Shop:京都市中京区烏丸丸太町下ル大倉町206オクムラビル1F TEL075・222・0080 →map

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