お菓子で巡る趣味の周辺

〈5〉花と華

 私の仕事仲間では一等抜きんでて仕事の出来る友人がいました。特に干菓子、中でも工芸菓子においては、修行先のご主人が京菓子業界では最高水準の技術を保持しておられた名人でしたので、日々の薫陶を受け本人の努力もあり優れた技量の持主でした。
 彼の趣味がお華とパチンコでした。片方はさておいて、お華(華道)については、18歳で菓業に従事した時から二十数年ずっと続けていました。同時期に始めた茶道は3年程で棒を折ったそうで、私と丁度正反対だったので、人各々合う、合わんやなと思いました。
 彼に「なんでお華が好きなん?」と尋ねたことがありました。「お稽古で季節季節の花を見て、生けることで盛花の場合は色彩のバランス、格花の場合は位取りがよう分かるし」という返事。色彩に対する感受性を養い、花枝の線と色で空間を象(かたど)ることを自らのものにすることで日々の菓子造りに生かしていたようです。特に工芸菓子の大作を製作する場合、松、菊、牡丹等、写真のようにその物を写すのではないので、構成を考えたりするのに特に役立っていたことと思われます。

唐衣

 最近特によく言われることですが「京菓子は具象的な表現を嫌い、抽象的表現を多用する」ので、干菓子の打物や先述の工芸菓子を除いては、花をテーマにしたお菓子は多いのですが、形、色がそのままというお菓子は驚くほど少ないのが現状です。ちなみに私方でそんな「花そのまま」を挙げてみますと、まず1月、百花の魁(さきがけ)と言う事で「紅梅餅」。雪餅製で白餡、ねりきりで匂いを付けます。こちらのお菓子は2月にも造ります。3月は「ひとひら」。満開の桜の花びらを一片だけで表現したお菓子。こなしで漉餡。5月はういろうの折物で「唐衣」。かきつばたの花、漉餡です。7月、8月、ういろうや葛で「朝顔」、「夕顔」。これらは白餡。9月、10月、11月は菊をいろんな生地で造りますが、リアルなものは9月の「着せ綿」ぐらいで、琳派の意匠が幅を利かせます。11月、紅葉のシーズンには楓や照葉、銀杏をこなし、ういろう等で造ります。

岩根のつつじ

 一方、きんとんに目を移してみますと、1月「常盤木きんとん」、「松の雪」、「此の花きんとん」、2月「香雪」、「下萌きんとん」、3月「花霞」、「葉桜きんとん」、「深吉野」、「西行桜」、4月「菜の花きんとん」、「山吹きんとん」、5月「花房きんとん」、「岩根のつつじ」、6月「紫陽花きんとん」、7月「水の彩」、8月「夕立」、9月「重陽きんとん」、10月「稔りきんとん」、11月「初紅葉」、「紅葉山」、「残りの錦」、「初霜」、12月「柴の雪」。ちょっと思いつくまま挙げただけでもこれ位あります。きんとんは全て昔から定番のものです。このことだけ見ても京菓子、特に生菓子が特徴的な存在である事がお分かり頂けると思います。

催しもののお菓子

 私が今まで仕事の上で御用頂きました先生方はお茶とお華、どちらも教授される方が殆どでした。戦前、女学校における良妻賢母教育の影響か、また戦後高度成長期の花嫁修業の一環としての流行か、とにかく社中さんの数も多くありました。
 お茶と言えばお茶事、一般的にはお茶会。お華と言えばお華会、華展、花展。いずれもお菓子屋に御用命頂くことの多い催しです。
 お華会のお茶席で使われるお菓子、これもまたそれなりに難しいものです。まず数が多い事。普通のお華会で200個~300個、お流儀の重鎮の先生方ですと500個~700個、また年に一度、流展と呼ばれる○○流京都支部華展となりますと1日ではなく2日、3日と催され毎日700~800、私の経験した中で最高は1200個という事もありました。
 華展はだいたい春か秋、時候も良く花も多彩に揃う時季に催されます。来られるお客様も不特定多数、連休ですと、お嬢さん、奥さんの作品を見に家族総出で来られる事も多く、あらかじめ来場者数を読むのが至難の技で、毎年お茶席担当の先生方と頭を悩ませます。余るにせよ足りないにせよ、数が半端でないので難儀します。
 足りないよりは余る方が、ということで残り少なくなると追加になります。時間との勝負ですので、他の仕事は措いても、工場全体で製造にかかり、30個、50個出来あがると即会場へお届けしたものです。

苫屋

 肝腎のお菓子の決め方ですが、まず花関連は初めから省き、一に美味しく、扱い易く、造り易い、きれい過ぎないの順に条件をクリアーしていきます。味の良い事は当たり前で、お水屋で扱い易く、追加の製造がし易く、美しい花を見た後で地味な落ち着いた色彩の方が好ましく目に映る事から、きれい過ぎない、ということになります。
 中でも一番よくお使い頂いたのが「山道」でした。どの季節にも使えますし、扱いもし易く、造り易く、形も定番、色どりも自由に付けられます。秋に造ります「山里」。漉餡、白餡を混ぜ合わせたこなしで栗餡を包み苫屋の形にした物ですが、これが一番人気でした。栗のたっぷり入った栗餡とこなしの風味、色も地味、それでいて菓銘も秋を感じさせるという事で喜ばれたと思います。

2011年4月29日 10:00
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甘楽花子(かんらくはなご)
京菓子司の家に生まれ、2003年独立開業。兄が4代目を継ぐ実家では、主に茶道用生菓子を製造しており、生まれながらのお菓子屋と自分では思っています。趣味は多岐に渉りますが、茶道は裏千家、茶名は宗豪、準教授です。

Shop:京都市中京区烏丸丸太町下ル大倉町206オクムラビル1F TEL075・222・0080 →map

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