「あま」と読みます。先日、京都芸術センターで行われました素謡の会「謡の旅路・第二回“海士”」に参加してきました。何度もお話ししましたように、能の世界からもたくさんお菓子のテーマや銘を頂いています。日頃から心掛けて私どもでも気軽に行ける、分かり易い機会をとアンテナを張っている成果です。
はじめに曲の解説をしていただきます。難しい語句、聞きどころの説明、また各人に配られる謡の詞章の読み下しもあり、とても馴染みやすく思いました。物語は、奈良時代、藤原北家の始祖とされる房前(ふささき)が母の追善の為、四国は讃州志度(さんしゅうしど)の浦へ行き、海士姿の母の亡霊に出会い、自らの出生と母の死にまつわる珠取りの話を聞き回向を頼まれるというお話です。
母を訪ねて遠く旅する子の健気さ、我が子の為、国の至宝“面向不背(めんこうふはい)の珠”を悪龍からとりもどす母心のドラマティックな展開が見所、聞き所になっています。地唄舞の方では『玉取海女』という題になっています。
扨(さて)、お菓子に移す時も矢張りこの場面を取り上げます。題からも夏に相応しいお菓子ですので、葛で龍の爪を三本造り、黄金色の珠をつかませます。黄色の餡玉だけでも、また珠に映る釈迦の姿を大徳寺納豆を入れて表現してもよいでしょう。菓銘は「玉取」です。来年は辰の干支ですので、冬向きにアレンジすればお正月の干支菓にも使えます。
他の曲に因んだお菓子も少しご紹介しておきましょう。『紅葉狩』から「山巡り」、村雨、粒餡です。牡丹の頃に『石橋(しゃっきょう)』から同名のきんとん。春先、『邯鄲(かんたん)』から「夢」。ういろう、白餡で蝶を造ります。
「山巡り」は十年ほど前、お茶の同期のお稽古仲間と天竜寺塔頭をお借りして、岩田山に対面するお庭に移築された近衛家のお茶室で、秋錦を愛でながらの一服という事で先輩、知友の方々をお招きした折に出来たお菓子です。床には故入江相政元侍従長の宴の和歌、釜は鬼面鐶(かん)付の霰(おられ)釜、茶杓の銘が「深山路」、薄器に金輪寺等のお道具がありましたので、謡本を開き“山巡り”の語句を見つけ菓銘に頂きました。
お菓子はわき役、引立て役ですので、“山巡り”は舞台背景の大道具と云うところでしょうか。物語は平維茂(たいらのこれもち)が戸隠山へ出かけた折、山中で宴する上臈(じょうろう)に出会い、同席を奨められ、酒に酔い眠り込んだところ、鬼女に変身した上臈が襲いかかるのを、戸隠明神のお告げで目覚め、追い払うお話です。
この時、一席目のお正客が「会記に“山めぐり”と在ったので『紅葉狩』のお取り合わせやなと思いました」と仰って頂いたので、とてもうれしく思いました。
父の「弱法師」
能の世界で初めてシテを務めるのを「披(ひら)く」と言い、この折演目に因んだお菓子を誂え、配り物にされることがあります。父がお造りしたのですが「弱法師(よろぼし)」が大変ご好評を頂きましたので、ご紹介しましょう。
縦長二段区切りの箱の上段に五重塔の刷り込み入りの麩焼煎餅、下段にういろう製の「法の袖」と、こなし製の「落日」を入れました。舞台の四天王寺と日想観(じっそうかん)をする法師を表現しています。こんなご注文を頂くのも良い勉強になります。