どちらも本格的に取り組みますと、いろいろな決まりごと等あって難しいと思いがちですが、気軽にやってみると中々面白いものです。もう何十年も前学生時代、結社に入って短歌を作っていた友人に「短歌やろうと思うけど、どんな勉強したらええの」と尋ねたところ、一言「万葉集から読み始めたら」と言われました。それ以来折に触れて万葉集に限らず、古今和歌集、新古今和歌集等の代表的歌集から、新聞の読者投稿のコーナーまで目を通しています。自分でも作っては消し、作っては直し、自分の目で見、耳で聴き、感じ、思った事をできるだけ的確に、ひとりよがりではない、でも私だけの表現を求め続けています。
毎年お歌会始めの御題が発表されますと、一年かけるつもりで(詠進しませんので)御題菓を造る下準備として、御題の短歌を作ります。
干支菓と御題菓はお正月のお菓子屋の店頭に欠かせない物です。短歌が出来ようが出来まいが、お菓子屋の工場内では皆競い合って試作を造り、お互い「いいや、こうや」と言い合い乍(なが)ら楽しい仕事をします。
俳句も同じ事でお菓子を造る上では、銘を付ける参考になるだけでなく、自分なりの物事のとらえ方、表現の仕方を普段から意識づけておく事がお菓子の意匠を考える上でどれだけ役に立つかは言うまでもありません。

俳句には季語があり、季節を表現するのに端的な言葉が定められていて、五・七・五のなかに必ず入れる事になっています。歳時記や吹き寄せをご覧くださればよく分かります。
何度も繰り返し恐縮ですが、季節感はお菓子の命です。季節を直に見聞きし、感じる事の難しい時代、情報機器のなかで簡単に見つけられる季節ではなく、散歩の途次、少し足を伸ばして野山、川辺に出向き、直に風に吹かれ、目にし耳に聴く物を感じる折、万葉以来先人の遺してくれた言葉の宝の数々を知っている事でより幅広く、深く感じる事ができると思います。
季節に寄り添う
新古今和歌集の序文をご紹介したいと思います。
夏は妻恋する神なびの時鳥
秋は風に散るかづらきの紅葉
冬は白たへの富士の高嶺に雪積る年の暮れまでに
みな折にふれるなさけなるべし
ここに挙げられた四季に事寄せた言葉のすべては、実際和歌に読み込まれたもの。季節季節の風景にこころを育て、寄り添うという、歌詠みの心得をあらわしています。私も常にその心を忘れたくないと思っております。