京都民報
なるほど京都

京のお人形

人形寺・宝鏡寺学芸員が語る、京のお人形話あれこれ。

著者:田中正流

有職雛(直衣雛・濃紫袴姿)

有職雛 女の子の初節句にお雛さんを贈り、その子の無事な成長をお祝いする風習は江戸時代の中期には定着していたとされています。しかし当時は一人に一組と決まっていたわけではなかったようです。絵画や文献を見ても、何組もの雛を同じ雛壇に飾っていたことがわかります。御所方でももちろん多数の雛を飾っていました。光格天皇の内親王である理欽尼の有職雛が宝鏡寺には三組が残されています。
 公家の姿を忠実に考証して作られた雛のことを有職雛(ゆうそくびな)といいますが、今回紹介する雛は男雛が直衣(のうし)姿、女雛が袿(うちぎ)に濃紫袴(こきのはかま)姿というたいへん珍しい姿をしています。理欽尼が十歳のおりに拝領されたものです。
 直衣というのは上級貴族の日常着であり、天皇の勅許を得られた者だけが着用できる特別な装束となります。『西宮記』には烏帽子と直衣の組み合わせは家の中でのくつろいだ姿で外出には向いていないことが記されています。また指貫(さしぬき)という袴を見ますと、紫地に白く雲立涌(くもたてわく)文様となっていることから元服後の若い親王の姿をあらわしていることがわかります。
 一方、女雛の打袴(うちばかま)も濃紫色となり若い女の子をあらわしています。ちなみに一般的なのは紅色ですが、転居の際には白、凶事には萱草(かぞう)色という赤黒い黄色のときもあります。有職雛は装束だけでなく化粧にまで考証が行き届き、眉毛を剃っておでこに描眉をせず、本眉のままとなっています。何ともほほえましい初々しい夫婦となっています。
 最近では、ひなまつりの行事も今風にアレンジされたり簡略化されたりしています。ひなまつりには定番のお菓子である菱餅やひちぎり、ひなあられを食べずに、ケーキを食べたりしている家庭もあるようです。しかしせめて一組でもいいので女の子ために雛を飾り、幸福を祝う気持ちだけはなくさないでいて欲しいものです。

写真:有職雛(直衣姿・濃紫袴姿) 宝鏡寺門跡所蔵