時代小説を書いていてまず困るのは、人間の身なりである。たかだか百年前のことでも現代の生活とはかけ離れているので、さっぱり分からない。できるだけ現実感をもたせるためにも、細部の描写は不可欠である。どんな着付けか、帯や髪形、履物は何か。富貴貧賤を知る資料が重要になる。これを調べるのはどうするか。
強い味方は「風俗絵巻」である。近年出版された「近世祭礼・月次屏風絵巻」などは素晴らしいものだ。さて「風流四方屏風」では「六方組」と名乗ったならず者たちの姿が描かれていた。大きな刀を腰に、派手な小袖を身にまとい、道をのし歩く若者の姿が印象的である。これを見て、ああなるほどと膝を打った。歌舞伎は最先端のこの風流を取り入れていたのである。今どきの若者が、奇妙奇天烈な恰好をして、それが人目を引き、やんやと受けるのと同じことなのだった。
しかも六方組をよく見ると、これが右手と右足が同じ方向に出ている。おやおや、ナンバ歩きの証拠がここにもあるではないか。
「勧進帳」の弁慶が幕外の引っ込みで六方を踏む(振るとも言う)。花道を使ったこの豪快無比な幕切れは、見ていて興奮するものだ。笈を背にした弁慶が、金剛杖を片手に花道の七三できまった形のよさは無類である。幕が引かれたあと、弁慶は富樫に一礼し、更に改まって一礼する。これは、無事に関を通ったことを神仏に感謝する気合をこめている。けれども、客席に向かって頭を下げるので、勘違いした観客は喝采を送る。いつだったか、あそこで拍手をするのはおかしいと声を大にした劇評家があった。まあ、そういう誤解はいいことにしましょうよ。一番大事なのは、心地よく演じて見せること。華やかな飛び六方は、これまたナンバであることが嬉しい。(挿絵画家・川浪進)
コメント
春香さん
毎回楽しませていただいています!
夕べ読ませていただき、眠りにつく前、いろんな想像が広がって…。
「六方組」私達の年代なら、さしずめタイガースでしょうか!
グループサウンズ、批判されましたね。
それから、歌舞伎の衣装はみな決まっているのですか?古くなると同じ柄ゆきで作るのでしょうか?オペラやバレエの衣装のように?
数年前に当地で歌舞伎公演がありました。たまたま仕事で劇場隣のホテルへ行っていました。トラックからとてつもなく多くの舞台装置や、衣装の入ったらしき荷物が下ろされるのを目撃しました。大変な移動だなあと驚愕しました!そうそう、海老蔵さんにも遭遇して、心の中で「きゃ~」と叫んでいました。
お恥ずかしい。
追伸:川浪画伯も絶好調ですね。
投稿者: 風の子 | 2008年3月19日 22:13