へえ歌舞伎(しばや)がお好きですって? そりゃまァ、なんと物好きなことで。いえ、正直な話、あんなもなァ早晩なくなるにきまってます。だってそうでござんしょ。当世の娯楽は黙ってたって夢中になるものばかしで、こんなかったるい芝居を我慢して見るこたァない、とあたしゃ思うんですよ。ほう、行く前に色々とお勉強なさる? なるほど、けどそんなに全部わかろうとされないほうが愉しめるんじゃござんせんか。そりゃァ粗筋が判ったり約束ごとを知ってるほうが、より深く身近になるってんでしょうが、どうもねえ。それ研究だの蜂の頭だのと、細々とやり過ぎるとお疲れになる気がするんですが、え、あ、やっぱりそうでござんしょ。そういう垣根をとっぱらって、子どもみてぇな目で眺めるほうが面白うございますよ、きっと。芝居を学問にしちゃっちゃァ、いけません。
こないだ聞いたんですが、外国へ持っていってさっぱり受けないお芝居ってのは何か、ご存じでござんすか。「車引」と「道成寺」と、それからもうひとォつ「勧進帳」なんだそうでございます。ええ、この頃はあんまりやり過ぎて、安宅の関をもじって、「またかの関」と揶揄されるあの出し物でござんすよ。
まあ、判官贔屓が不評を買うのも、よんどころなしと思います。お国が違うと情緒やら忠誠心なんぞ、所詮わかりっこありませんやね。だって、外国(あちら)ではとにかく手前(てめえ)をひけらかさなくちゃいけないんでござんしょ。これも出来る、あれも出来るって。冗談じゃござんせんよ。
そんなこたァ此方人等(こちとら)は、やらない。昔っから日本の美徳は人を思い遣るところにあるんでね。だって、弁慶が義経を折檻するなァ主人を守るためで、富樫はそれを察したからこそ主従を逃がしてやる。いい芝居でござんすよ。二人の駆け引き問答に七十づらをさげたいまでも、こんなに血が騒いじまうんですからね。言わぬが花って。いい言葉だねぇ、じつに。(挿絵・川浪進)
コメント
お春さん
ははぁ!オジサマの登場ですか!
でもかなりのへそ曲がり。ウフフ。
結局、何だかんだ言って、大のお芝居ファンじゃぁござんせんか!
お芝居を「子供みてぇな目で眺める」。オジサマ、いいことおっしゃる。「芝居を学問にしちゃっちゃァ、いけません。」ウフフ。オジサマ、おもしれぇ♪
でも、いつかスカパーで録画した「沼津」を観やしたが、前後のストーリーを全く知らずに観たら、チンプンカンプン。何の仇討ちなのか、何で敵味方に別れちまうのか、さっぱり分かりやせんでした。折角の名場面でやしたのに…。
なになに?「歌舞伎を映像で観るなンて、いけねぇいけねぇ。芝居ってモンは生で観るもんだ。」って?ウフフ。
オジサマのおっしゃる通り、日本では「能ある鷹は爪を隠す」って言いますが、
西洋では、爪を隠していちゃ、「のうなしだ。(どこかの監督のことじゃありやせんよ。)」って評価されちまいます。
強烈に自己主張しなきゃ、無能となるんでさぁ。そんなだから、英語のABCも知らないで、現地の小学校に通った愚娘は泣いた泣いた。親としちゃあ、良い経験になると思ったのが、後の娘の人格形成にかなり影響を与えちやいやしたよ。まぁ、子供の性格にもよるんでしょうが…。
オジサマ、「勧進帳」が外国に受けないんでやんすか?あれ?パリのオペラ座で團十郎さんや海老蔵さんがやったのは「勧進帳」じゃぁありやせんか?
何回もカーテンコールがあったと聞きやしたが、ありゃ中身が分からないで受けたんですかねぇ。
「言わぬが花。」イッシッシ♪
へそ曲がり、大好き♪
オジサマ、是非また再登場をお願いしやンす♪
投稿者: オンミ | 2008年11月15日 14:20
春香さん
またまた、小説の世界へ誘ってくださいましたね!
芝居嫌いとひねくれながら、本当は大の芝居好き!
江戸っ子の親方でしょうか、気っぷがいいですね。
芝居を学問にしてはいけないんですね。
はい解りました!
なんでも「おもしろいなあ」と子どもの心で「感じ取る」のが一番ですね。
それにしても「言わぬが花」が通用しない時勢になりました。
「言ってくれなきゃ解らない」と言われる昨今ですね~。
わびしいですが…。
投稿者: 風の子 | 2008年11月15日 16:44