偽りを誠にかえすために

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 もし、愛する男が大義のために己を利用していたと分かったら、女はどうするだろう。偽りの懸想に、心は深く傷つくに違いない。あの甘いささやきは嘘だったのか。男を恨み続ける日々。けれど、万に一つ、そうではないかもしれない。男の本心が知りたい、いや確かめなければ。女主人公のおみのは、それを問い質すために、死を賭して細川屋敷に乗り込んでいく。
 真山青果の「大石最後の一日」は、亡君の無念を晴らした四十七士の後日譚。死罪という裁断を下された、まさにその最後の一日の物語である。この戯曲には種があった。細川家家臣の堀内伝右衛門の覚書に、「切腹した赤穂浪士の磯貝十郎左衛門の遺品に、琴爪が残されていた」との記録がある。青果はこれを糸口にしたのだった。
 彼の芝居は台詞劇である。厖大な台詞の洪水。一期は夢よ、ただ狂えとばかりに、畳み込まれていく言葉、言葉、言葉。そこには、饒舌とは次元の違う凄味が感じられる。
 人物の設定がよく、趣向は斬新である。青果は、男が琴爪を肌身離さずにいたという、絶妙な答えを出した。これですべてが氷解する。それと知ったおみのは、恋を成就させるために自害するのだった。知の人である青果はまた、抒情においても巧みである。おそらく、こうあらまほしき女性像を仇討にかけて相聞歌を紡いだのだろう。時代と運命を丸ごと引き受けた恋人たちの、美しいことこの上もない。歌舞伎と言う額縁のなかでこそ、光輝いて見えるのはそのためである。
 もう一つの見所は娘おみの。細川屋敷に入り込むための男装は、なまめかしくも凛々しい。女形は女に変身した上に、更に男装という仮面をつけなければならない。役者の倒錯した伎倆を垣間見るのも一興か。しかし忠臣蔵を全く知らない世代に、この芝居の世界は本当に立ち上がるのだろうか。愛着は深いだけに、気がかりである。(挿絵・川浪進)

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08/12/05│歌舞伎のツボ│コメント1

コメント

春香さん

12月と言えば『忠臣蔵』ですね。
大雪の日に、一層人の心は狂うのでしょうか。
時代と運命を丸ごと引き受けた恋人たち…。
哀しさが愛おしさをつのらせるのかと考えさせられました。

『恋』を考えながら、万人を愛したいと、しみじみ思う年齢となりました。

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