算数はお好きですか?

*

 一年に一度は、東京のブリヂストン美術館へ出かける。小出楢重の六十号の大作「帽子を冠れる肖像」に逢うためである。谷崎潤一郎の「蓼喰ふ虫」の挿絵は強烈だった。この大阪生まれの洋画家の名前は忘れ難い。
 幼いころから歌舞伎に親しんでいた楢重は菱川師宣の浮世絵を愛好していたため、洋画家でありながら日本画の骨法はお手の物であった。コラージュも印象的で、「蓼喰ふ虫」の挿絵は、上方情緒の中に線描や淡墨を使って、大胆なピカソ風の味付けをしている。そのため伝統的な視点と近代的な様式が相俟って目をむく面白さ。これが近代挿絵史上、稀に見る傑作を生み出した所以である。楢重は算数が大嫌いだった。そういえば青木繁も司馬遼太郎も、数学が出来なくて中学を滑った。なんだか、ほっとする話ではある。多才な楢重の飄逸な文章を見てみよう。「5+5が10で、先生がやって生徒がやっても、山本がやっても木村がやっても、10となるのだ。10とならぬ時には落第するのだからつまらない。私は5+5を羽左衛門がやると100となったり、延若がやると55となったり、天勝がやると消え失せたりする様な事を大に面白がる性分なのである。随筆『雑念』」
 この十五代目市村羽左衛門は、すっきりした容姿と鮮やかな口跡で、喝采を浴びた役者である。助六、富樫をはじめ実盛などの捌き役、与三郎、直侍のような世話物の二枚目を得意とした。生涯老け役はやらず、また花のような舞台に、脚光(フットライト)はいらなかったという伝説まで生んでいる。
 二代目實川延若は、初代中村鴈治郎と共に上方で活躍した役者で、石川五右衛門役の古怪な容貌が語り種になっている。松旭斎天勝は明治から昭和にかけて活躍した女性奇術師。美貌と才気で歌舞伎座にも出演した記録がある。それにしても、楢重が羽左衛門が御贔屓だったとは。エスプリの効いた文章がうまいと思いませんか。(挿絵・小出楢重像・川浪進)

*
08/12/12│歌舞伎のツボ│コメント2

コメント

お春さん

ヒェーッ!今度は画家ですか?小出楢重!恥ずかしながら、初めて聞きやした。お春さんは本当に博識!物知り博士!

お春さんが、毎年見に行くと言う、「帽子を冠れる肖像」是非見たいモンですね。あたしゃ、お絵かきは、からっきしダメでやんすが、絵画を見るのは好きなんでがんす。

算数?好きでした。数学?好きでした。高3の時は、微積が得意でやした。しかし、これは高校まで。

大学に行って、あたしの「数学」は「算数」だったんだと思い知らされやした!幸い、落第はしやせんでしたが。落第してたら...人生変わっていたかもね??!

今の夫とは(なんて言うと他にも夫がいたみたいですが)、大学の教養時代のクラスメート。

あたしの苦手な「解析学」!試験の前夜、数学の得意な夫は、徹夜でこのめぐりの悪いあたしのオツムに解析方法を教えたんでさぁ。あたしゃ、夫の教えたとおり丸暗記。試験の結果はお見事!60点!大合格!ところが夫は、全エネルギーを「ノータリン」に教えることに使い果たして、5点!なんと5点でっせ!イッシッシ!

あたしの専門は経済学。数学がダメなあたしゃ、随分苦労しやしたぜ。ウフフ。

ところで、お春さん、14日、日曜はサッカー、「クラシコ」(伝統の一戦)でっせ!

スペインのバルサ vs R.マドリーでさぁ!あ~!今年もクラシコ観戦ツアーに行けなかった!ク、ク、ク!グヤジイ!

そう、誰かが言った。敬愛するジダンが監督になったら行こう♪そう、「クラシコ」へ!

春香さん

わ~お、小出楢重ですかあ。
『Nの家族』ですね。

なんだか驚いて、観た覚えがあります。でもエッセイは読んだことがありません。

絵が描ける方は文章も巧い。
それは対象をしっかり見据え、理解できるからでしょうか?
となると、文学は芸術を見抜く力を持つ。
しっかり見ることが、あまたの芸術を生んでいたのか。
などと納得しています。

最近になって、数学に興味を持ち始めました。
黄金比とかは絵画の世界ですね。
若い頃は、1+1=2なんて嫌だ嫌だ。
理屈をこねながら、実のところ単に知力がなかっただけのようです。

オンミさんの経済学には至れませんが、仕事上では『財産目録』『損益計算書』は生きた数字で、下世話ですが、貸借がぴったりになるのは快感です。

夢のない話ですね。ごめんなさい。

コメントを投稿

コメントは、京都民報Web編集局が承認するまで表示されません。
承認作業は平日の10時から18時の営業時間帯に行います。


メールアドレスは公開されません