002010_山宣研究
江口渙に大きな影響与えた山宣暗殺
2008年6月 2日 16:29
山本宣治生誕119年を記念する講演会が1日、宇治市の花やしき浮舟園で行われ、75人が参加。反戦を貫き右翼の凶刃に倒れた「山宣」の偉業をたたえ、その意志を受け継ぐ誓いを新たにしました。
近代文学研究者の秦重雄さんが「プロレタリア文学は、山宣の暗殺をいかに描いたか」と題して講演。秦氏は文芸批評家で作家の江口渙(1887~1975)が山宣暗殺を1929年、47年、55年と3回にわたって書いた作品を比較し、当初“孤独な死”として描いていた山宣の死が、多くの人の嘆きや苦しみの代弁者だったと変化していった過程に触れ「山宣の死は江口の作家としての第2の誕生の大きな影響を与えた」とのべました。
また、多喜二賞を受賞した民族芸術研究所前理事長の茶谷十六さんが、1987年の韓国の軍事政権下で翻訳され読まれていた「蟹工船」の翻訳者を取材した経験を報告しました。
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講演会後、宇治山宣会の総会が開かれ、08年度方針として山宣生誕120年・没後80年の記念事業の成功と山宣資料館の整備などを柱とした計画を採択しました。選出された役員は次の通り。顧問=山中登・蓮佛亨・小田切明徳・山本勇治、会長=薮田秀雄、副会長=梅田忠夫・佐藤佳久、事務局長=小松正明(いずれも再)。