006010_平和への軌跡
【5】トッドの『帝国以後』とクラウゼッツの『戦争論』
2008年11月 6日 10:50
クラウゼッツの『戦争論』(岩波文庫、3冊)を見る
クラウゼッツは、19世紀初頭に活躍したドイツの軍人・参謀長として参戦した経緯があり、陸軍大学でこの『戦争論』を著述しましたが、彼の死去により、彼の妻が序文を書き編集・出版したものです。ナポレオン戦争時代におけるヨーロッパの戦争を考察したもので、クラウゼッツの『戦争論』はエンゲルスもレーニンもこの書を評価したと聞き、ならば私もと図書館から岩波文庫の「上、中、下」の3冊を借りました。ところが当時のヨーロッパ戦線や各国の対応等の歴史的素養が乏しくて難解。何回も読んでも分からないので通読はあきらめ、パラパラとつまみ読み・「見た」だけで終わりました。
「山本宣治全集」にゲオルグ・ニコライの『戦争の生物学』の翻訳があります。ダーウィンの『進化論』をベースにした「優勝劣敗」という生き残り戦略を、人類社会に機械的に適応させた考え方で「社会的進化論」と呼ばれたものです。これに対してニコライは相互扶助論の立場から論を展開して、カント、アインシュタインらの識者と協力して反戦同盟を唱えました(後述、アインシュタインの項、参照)。山宣は幼少の時から「花を作って世の中を美しくしたい」と戦争には真っ向から反対していました。このニコライの本を大学時代に英語版で読んで感激し、翻訳を決意してドイツ語版を取り寄せました。同じ生物学の専攻であるニコライに惚れ込んだわけです。
彼は1922年、大津の京大臨湖実験所に宇治から通う列車の中で翻訳して上巻を出版しました。1928年労農党代議士として当選後、時の内閣・田中義一の中国大陸への侵略の足音を感じた彼は、病気を押して「下巻」訳出に取り掛かりますが、あと50頁足らずの所で刺殺されました。この書も難しいのですが、私は「山本宣治全集」4巻の解説担当のため数回精読する幸せを得ました。
トッドの『帝国以後』を読む
今日的テーマからの「戦争論」に接近します。それはトッドの『帝国以後』(藤原書店、2003年)を読む事でした。フランスの歴史・社会学者のエマニュエル・トッドの紹介は、山宣没75年の墓前祭での講演で触発されました。その日の講師は井出武三郎さん、山宣2女・美代さんのご主人(元共同通信のデスク)です。読書人の井出さんには山宣のこと、安田徳太郎さんのこと、生まれ故郷の信州の佐久や文人のこと等の多くをお教え頂いております。今回、厚かましくも本までお借りして読みました。
この書は、例のアメリカの同時多発テロ1周年に刊行されたもので即刻ベストセラーになったそうです。私たち日本人はアメリカ経由の情報をメデイアの操作によって増幅されて浴びておりますから、トッドの主張は新鮮でした。
イラクへのアメリカの侵攻は「大量破壊兵器の存在」を理由になされました。追随の日本を巻き込んだのですが結局、ヴェトナムへの侵略戦争と同じように敗退を余儀なくされました。問題は、こうした戦争で無辜の庶民が殺されていることです。トッドはこれらの推移を分析し、「アメリカ帝国主義の衰退」を告げています。彼は1976年に「ソ連共産主義の崩壊」を予見しましたが、彼は人口学研究所の資料局の勤務者で、識字化と出産率の低下の2つを視点にした「全世界的現象民主主義の浸透」を可能にするとの理論を駆使した分析をしています。
クラウゼッツの『戦争論』は見ただけでしたが、こちらはリアルタイムに進行している現在の分析です。当然のことですが読みやすくしっかりと読ませていただきました。
私の学生時代には、日本の解放に向けての2大障壁がアメリカ帝国主義と日本の大独占資本で、これとの闘いなしに日本の民主化はないと信じていました。アメリカはまさにヴェトナムからイラクまで侵略戦争を仕掛け「世界の憲兵」として振舞ってきましたが、どうもいけません。トッドの言うように、この「帝国」は衰退・崩壊の道を進んでいるようです。国内経済の矛盾も激化して国際的にもそっぽを向かれています。それに追随する日本の自民党もお先真っ暗ですが、その自覚がないのでしょうか。安部・福田共に内閣を途中で放り出しました。行き詰まりの果てに出た麻生総理もますます矛盾が激化しています。
エマニュエル・トッドはフランスの人口統計学者(国立人口統計学研究所)です。その分析の視点の1つは、「識字率」の向上が民主化の指標となり、もう1つが「出生率(受胎能力率)」です。この方式でソ連の崩壊を「予言」したと言われます。