正直、「信濃路紅葉鬼揃」がこんなに面白いとは思わなかった。歌舞伎座での初演時に退屈で退屈で何度も居眠りしてしまったからである。能がかりを強調した玉三郎の努力は認めるが、松羽目舞踊だからといって「侘」「寂」「幽玄」という原点に戻ればいいというものではない。さすがに彼の炯眼も空回りしているようにみえた。
ところが今回、目を瞠ったのは、唐織の装束である。地元西陣で新調したせいか、朱色の半切(はんぎれ・袴の一種)によく映り、いずれ劣らぬ綾錦で舞台を埋め尽くしていた。歌舞伎座では遥か彼方で刺戟さえ受けなかったのに、南座という劇場(こや)ではその力を充分に発揮している。興味深いことだった。つまりあれから随分作品の刈込みもしたのだろうが、上首尾を導いたのは、むしろ劇場の大きさではなかろうかと気がついたのである。
琴平の金丸座、平成中村座など、芝居の魅力が充分に味わえるところは、客席数が少ない。ちなみに、歌舞伎座2092、金丸座720、中村座800である。人間の身体能力がそれほど変わる訳は無し、どんなに音響装置が精巧になろうと、行渡る範囲は知れている。たとえ名人上手の伎倆をもってしても、二階から目薬では効力がないに等しいだろう。
南座の座席数は1078、程よい大きさといえる。舞台間口が十五間という歌舞伎座からみれば、南座はその半分の八間だから、その分、密度も濃くなるし、たちまち芝居と一体化できる。だいたい歌舞伎座は横長で、広すぎるのが欠点である。先日、その歌舞伎座の改築が発表された。2010年4月で閉館。劇場とオフィスビルとを合わせた施設に建て替わるらしい。お願いは一つだけ。どうぞこぢんまりと、できれば役者の汗が見えるくらいの劇場をということである。大きければよいという時代は過ぎてしまった。
さて一年間、お付き合いいただきまことにありがとうございました。今度は劇場でお逢いしたいものです。(挿絵・川浪進)
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